こそあどの思考を流すメルマガ

この世に天才はいるだろうけど……

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ネットビジネスで成功する人って、天才みたいな人なんだろうな。
と思っていました。

きっと、自分とは生まれも育ちも異なるような、
雲の上の存在。

トップアスリートやクリエイター、芸能人。
天才、だからできたのではないか。

ここで、別に悲観してたわけではなかったのですが
「じゃあ、自分にある『才能』はなんだろうか?」

そう考えていた時期がありました。

やってみるとわかるのですが、
『才能』要らないことって、実は多いんじゃないかと。

技術的には、割と誰にでもできそうなことばっかりだなと。
精神的な理由で、向き不向きはあるかもしれませんが、やれればできそうです。

つまり、
「精神的な理由を解消=自分を仕向ける」
ができれば、できると考えています。

それについての記事は後日書きます。
イラストも小説や日本語の知識も、思考力も、せどりも、メモのくせも、
よくよく考えたら、才能がないとできそうにないなあ
と感じていたものが多いんですよね。

まさか作文を書くのが好きになるとは思わなかったし、
自分でもせどりで稼げるとも思わなかった。

メモを取るくせをつける? なんか無理そう。多分飽きるし、とも思った。
色々、気がついたら変わってて、それなりになっている気がします。
ただチマチマと続けるだけでこれなのだから、

より集中できるようにすれば、つまりスキルを磨けば、
雲の上に見えていても、誰にでも手が届くことなのではないか。

生まれながらに記憶力が高いだとか、
小学生で高校の範囲をマスターしてた人(どこかの教授にいるそうですね……)

そういうのは確かに天才だろうと感じてしまいます。
でも大抵、天才って言われてる人は天才ではなく、
ただ単に動けただけなのではないか。

つまり、環境があって、自然と導かれていたのではないかと
思うのです。

つまり、幸運だったというかなんというか。
天才というのはいるだろうけど、
その言葉は、我々にはあまり関係がない。

『才能』とやらは要らないです。
ただ普通に人間やれるなら、それで才能があると思います。

『才能』がない、というのは言い訳になりません。
恐らくなかったのは、きっかけです。

何気なくこなしていることが、他人には真似出来なかったりします。
どちらに向かって歩いてきたかで、凄さが変わるのですね。

(凄さ=実際の『凄さ』ではなく、凄く見える感)

同じ時に生まれた二人は、過ごしている時間は同じ(と想定)

おしゃべりをして過ごすAと
一人でコツコツと作業をするB
二人は、それぞれ別の方向に歩いて、結果スキルがついてくる。
あらゆるものにメリットは生まれるし、デメリットも生まれる。

ぼーっと過ごしても、何かは得られる。何かは得られない。
勉強しても、何かは得られる。何かは、得られない。

限りある選択肢から、何を選んだか。
なりたい方向のものを選び続ければ、その内なれると考えています。

人は二年で変わると言います。10000時間(1年は8000時間といくらかだったはず)打ち込めば一流になれるとも。

PS.
実は最初、
「小説も絵も恥ずかしくて書けねえ……」と、始めることを放棄していたんです。
たまたま、知り合いがイラストをやっていた。
たまたま、詐欺教材の広告が流れてきた。
たまたま、やると好みだった。

訓練すればできることなら、できると思います。
ゆっくり階段を登っていたら、いつの間にか相当高い位置にいるのです。
感覚が鈍いから、振り返らない限り、気づかないけど。
感覚で言うと、ゼルダの伝説で、神殿に入る前とクリアした後の見え方の違い。
こんな難しそうなやつやれっかなー。→なんとかなったね
って感じです。

reminDO

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こそあどです。 僕は大学生にして、本せどり、CDせどりで稼いだり
八時間バイトしながら大学通って、 合計で100万円分を超える知識を得て情報発信中です。
 
僕は昔からビジネスのことを学んできたわけでもないし、
話すのも苦手だったし、
文章も『何言ってんのかわからん』と言われてきました。
 
でも結局は手品。
ライティングもマーケティングも 知って、慣れるだけなんですよね。

 
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