楽しむとは。哲学者「君が楽しんでいるのは星ではない!」道徳家「問題は楽しむ権利があるかどうかだ」認識論者「僕にはわからない」

  • 2019年7月13日
  • 2019年7月16日
  • 哲学
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こそあど「こんにちは。こそあどです。今夜は晴れているので、星を楽しんでいます」

哲学者「いや違う! 君が楽しんでいるのは星ではない! 星からくる光なんだ! 感覚器官に影響を与えるのは光だから、正確には星からくる光を楽しんでいるんだ!」

こそあど「まあ、そうかもしれない・・・」

 

 

さてお立ち会い。

楽しむとは? 

 

そもそも、楽しんでいるという状況は、

一体どこで起きている何を指しているのか?

 

楽しむ?  

それを楽しんでいることを、なぜ本人は知っているのでしょうか?

 

続きを見ていきましょう。

 

 

天文学者「遠い星ほど赤方偏移が起こっているけどね」

哲学者B「(無視して)いや。光ではなく、網膜上の映像だろう」

哲学者C「視神経に問題があれば、網膜上の映像は楽しめない。ならば、楽しんでいるものは神経系と脳の一部だ。生理現象を楽しんでいるんだ」

二元論者「より正確には、生理現象ではない。生理現象は精神現象に対応している一面だからだ。なら、精神現象を楽しんでいると言える」

神智学者「いえ。人間の持っている通常の五感では、事物の表面しか捉えられないのです。本当に視覚で光を楽しめているのでしょうか?」

 

唯心論者A「というか、根本的な疑問ですが星なんてあるのでしょうか? DarkerThanBlack黒の契約者では、偽者の星が空を覆っていましたしね。そもそも星なんて存在しているとすら信じられないのです。あるのはこそあどの心と、星の観念なのです! 」

 

野次馬A「我思う、故に我あり」

野次馬B「我思う、故に我ありが当てはまるのは、その思った瞬間だけだ」

 

唯心論者B「いや、こそあどの心など存在しない。あるのは宇宙とか神とか、そういうたった1つの意識だけなんだ。この世に心を持った存在なんて、1つしかない。みんな機械的に動いている現象に過ぎないんだ。だから絶対的な意識が星を楽しんでいるのであって、こそあどが楽しんでいる訳じゃない」

 

唯物論者「僕の場合は、絶対的な心なんてないと思ってる。全ての存在は心ではなく物質なんだ。素粒子と、その運動だけなんだ。楽しむとは、こそあどの神経系に起きた事象とも言えるが、こそあどは閉じた物理系ではないんだな。」

 

こそあど「閉じた物理系?」

 

唯物論者「こそあどは周囲の空気といった粒子とつながっているし、全ての分子や因果関係とつながっている。バタフライエフェクトなんてものがあるようにね。だから、君ではなく、宇宙全体が星を楽しんでいると言える。」

 

哲学者D「そもそも物質って何だ? スマートフォンは物質なのか? いや、画面なりチップなりに分解したら、そこにはスマートフォンは存在しなくなる。スマートフォンは、物質ではなく、画面やチップ、バッテリーから成り立つシステムの名称だと言える。そうすると、原子も陽子と中性子の原子核と電子からなるシステムだと言える。原子が物質なら、スマートフォンも、人も物質だ。そしてその組み合わせである国も、太陽系も、宇宙そのものが物質だと言える」

 

 

野次馬B「ところで、宇宙が楽しんでいるとかいうけれど、その表現だと『宇宙=こそあど』ということになるのか?」

 

唯物論者「いや、同一視しているわけじゃない。今回のようなテーマで話すのなら、個別の活動を全体の活動とみなすことに意味があると思ったんだ。もちろん、日常会話なら、僕は『こそあどが星を楽しんでいる』と言うだろう」

 

野次馬B「で、結局宇宙とか心とかは同じことを指しているのか?」

実証主義者「そんな問いは無駄じゃないか。同じか違うかなんて検証できないのだから」

 

認識論者A「そうだ! 検証できないことを考えるだけ無駄なのだ! 現実的に考えるべきだ!」

認識論者A「今回の問題は、こそあどが星を楽しんでいることをなぜ知っているのかだろう」

認識論者B「待て。こそあどが星を楽しんでいることを知っているとは、言っていないようだ」

認識論者A「いや、こそあどは自分で星を楽しんでいることを知っているんだろう?」

認識論者B「僕にはわからない」

認識論者A「なぜわからないことがわかるんだ?」

認識論者B「僕にはわからない」

認識論者A「こそあどが自分で楽しんでいると知らないのなら、こそあどは楽しんでいるとわからないはずだ」

 

???「そうだ! きっとこそあどは自分で楽しんでいることなど知らないのだ!」

野次馬C「そもそも、楽しんでいるなんて本当なのかな。楽しんでますなんて、楽しい時に宣言するなんて嘘くさいね。そんなセリフが出ること自体不自然だ」

 

道徳家A「いや、彼の顔を見ましょうよ。彼は楽しんでいることは間違いないんです。」

道徳家A「問題なのは、そんなことをしている資格・権利が彼にあるのかということです」

道徳家B「その通り! 星を見ているだなんて許せませんね! 世界には飢餓で苦しみ、助けを待っている人がいるというのに! 余裕ある人間はもっと世界に貢献すべきなんだ!」

 

内科医「落ち着きましょう。落ち着いて」

禅僧「なぜ『星を楽しんでいる』について分析するのでしょうか?」

マーケター「星を楽しんでいる人間が、どういう属性を持っていて、何を求めているのか推測するためですよ」

中二病患者「この世界の深淵を追求することが俺たちの目的地だった・・・」

禅僧「(無視して)星を楽しんでいる。結局、それはそれでしかないのです。文は解釈してしまうと、必ず失われるものがあるのです。だからそう。こそあどは、星を楽しんでいる。これだけなのです。分析することはできないのです。」

実証主義者「それは実証されたのか?」

禅僧「実証も何もないのです。星を楽しんでいるのです」

 

道徳家「ふざけた会話です! 屁理屈のオンパレードだ! 狂気じみている! すぐにやめてください! 問題はすべきかどうかなんだ!」

哲学者A「いや、そもそも楽しんでいるものは何なのかが問題なんだ」

唯心論者B「だから絶対的な意識が星の観念を楽しんでいるんだ」

実証主義者「それは実証されたのか?」

懐疑主義者「唯心論者B。どうして絶対的な意識が星の観念を楽しんでいると知っているんですか? 楽しんでいることを証明できないのに、なぜ強固に主張するのか」

内科医「まあまあイライラしないで。血管が破れてしまいますよ!」

 

こそあど「結局、僕は星を楽しんでいるのかな?」

認識論者B「僕にはわからない」

 

悲観的楽観主義者「ほら、何もかもうまくいかないだろ?」

 

 

 

さて、楽しんでいただけたでしょうか。(どうでしょうね?)

僕はこれと似た話を聞いた時、興味深いとは感じていたと思います。

 

彼らは見ている世界が同じでも

世界観が違う。

世界に対する視点が違う。

 

人は独特な視点を「するどい」とか「面白い視点だね」とか言いますよね。

 

 

面白い話って、人を楽しませられるんですよね。

楽しいというのは、場合によってはお金をもらえたりする。

 

お金がもらえれば、それで食べることもできる。

ちょうどゲーム会社がそういう感じですよね。

 

今の時代、バイト代を貢ぐように課金ゲームに使うようですねえ。

僕はゲームをしてなかったんで、

50万使ったわーと聞いた時はたまげたもんです。

 

 

 

面白いとか、クリエイティブなことは

つまり人間にしかできない。

 

 

これからの時代性を考慮したら、

真面目よりも面白くなるべきなのです。

 

だから僕は視点を磨いてほしいし知識・経験・思考が必要なのだと思ってます。

(というか、そうだと気づいたんですが)

 

心理学者的視点なら、心理学の知識や経験が。

 

僕の学校の心理学の先生も、

「このCMがなんで耳に残るのかというと、BGMの情報で精緻化リハーサルされているからなんだ」

みたいな話をしています。

 

 

それは結構面白い。

「あー、そういうところ見えてるのか」と。

 

 

今回の話も、

お互いの問題点が共有されていなかったりしますよね。

 

道徳家は「すべき」かを重要視して

認識論者は「なぜ知っている・わかるのか」を重要視して

内科医は「議論で血圧が上がるか」を重要視していた

 

一部の哲学者とかは「それが問題なのかが問題だ」と思っている。

そして、「それが問題なのかなんて、どうでもいいことだ」という人も世の中にはいる。

 

 

今回の話は、哲学の話に見えて

希少性が大事なんだという話だったのです。

 

常に同じ話題しかないのは、どうしたってつまらんのです。

他と同じことしか言わないのは、どうしたって忘れるのです。

 

 

 

僕が記事で考えるネタを提供しているのは、

「考える」を通じて知識と思考力を獲得し

「こいつ違うな」と言わせるような存在が増えたら

今より世の中が面白くなるよなと思っているからです。

reminDO

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こそあどです。僕は大学生にして、本せどり、CDせどりで稼いだり
八時間バイトしながら大学通って、合計で100万円分を超える知識を得て情報発信中です。
 
僕は昔からビジネスのことを学んできたわけでもないし、
話すのも苦手だったし、
文章も『何言ってんのかわからん』と言われてきました。
 
でも結局は手品。
ライティングもマーケティングも知って、慣れるだけなんですよね。

 
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