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20歳でおじさんになって、理想の結婚について考えたら

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2017年頃でしたか。
 
僕が大学に入りまして講義に慣れつつ
バイトを受けては落とされるのを10回ほどしていた時期です。
 
ある日、母親からLINEがありました。
 
 
 
姉に恋人ができたらしい。
 
 
 
 
 
それまで恋バナらしい恋バナも聞かず
約20年が過ぎていましたから
突如のことで現実味がなかった覚えがあります。
 
 
「彼氏? 家族になるかもしれない?」
 
家族が増える感覚がよくわからない。
まだ味わったことがなかったし。
 
 
 
その時はまだ、
結婚するとも、子供が2019年に生まれるとも想像しませんでしたけどね。
 
 
 
僕が二十歳になって少し経過した頃
赤ん坊が生まれまして、
周りは明るいムードのようでした。
 
(僕は一人暮らししてるのでわからん)
 
 
 
 
ここに水を差すのはどうかなと思っていますが
これで大丈夫なんだろうか?
 
 
 
 
 
 
世間では
「好きだ! 結婚したい! 結婚しよう」
みたいなノリがありますよね
 
 
それはわかるんだけど
そのノリで結婚するのは如何なものか?
 
 
 
 
だって、欲しいから買う。
 
 
それと同じですよね。
欲求があるので行動します。っていうのは。
 
 
 
 
けど結婚って、
買い物に例えたら数百万以上の事項だと思うんですよ。
 
一生に関わりますよね。
 
 
 
 
もっと考えなくて、後悔しないのか?
 
しないこともあるでしょう。
 
 
だが、欲しい欲しいで買って
「あーもういいや」ってことありません?
 
 
 
 
欲求が起こるのはセールスされるから、
人は異性に対しセールスしているようなものです。
 
 
 
とにかく結婚したいとか、付き合いたいとかなったら
普段より魅力的に見せません?
 
 
いいところだけ見せていく。
詐欺師のセールスのようなモテ方をする男女がどれほどいるか。
 
 
 
こないだも、スーパーマーケットで
「ほんとお前いや」と旦那に向けて妻が言う状況が発生していました。
 
で、旦那の方が「ははは」みたいな。
それが当然で、いやよいやよも好きのうちだと思ってる。
 
母親の同僚たち
「旦那の世話が面倒だ」とかもよく言っていたそうな。
 
 
離婚する夫婦も多いし、
我が家も別に仲がいいわけでもありません。
 
親が喧嘩しまくってて勉強できない学生もいるそうな…。
 
 
 
でも、恋人の時点なら
ただ好きなだけでもいいでしょう。
 
一緒にいて気分がいいことは間違いない。
それは価値がある。
 
 
しかし、結婚って数十年続いていくようなものですから
性質がそもそも変わってくる。
 
 
好きなだけが条件にはならないと考えています。
 
 
幸せの条件は、相手を好きかどうか。
 
だけじゃない。
 
 
 
お互いにとって快適な生活ができなければ
いずれ好感度は下がるでしょう。
 
不満が溜まりますし、
愛の寿命は4年と言われますしね。
 
 
結局、酔いはいつか醒める。
 
 
僕は感情だけで決定する人があまりにも多い気がするんですよ。
「旦那が嫌だ」「離婚したい」「嫁がうるさい」
 
これとか。
 
 
 
 
 
 
 
なぜ人は繰り返すのか。
情報が共有されていないから。
 
なぜ共有されていないのか。
共有はされているけど、結婚を魅力的に見せたい人が多いから。
 
なぜ結婚を魅力的に見せたいのか
 
作品であれば美しいハッピーエンドにもできるし
少子化なのもあるかな。
 
 
深く考えるのは、
相手の愛を疑うみたいな雰囲気もある?
 
 
 
 
 
無駄に辛い現実を見たくないっていうのはありますよね。
 
役に立たないサプリを教えてあげた医者は、
「そんな余計なこと言うなよ」と、お客からも煙たがられたとか。
 
本に書いてあったことですが。
 
 
 
 
 
でも、要は一時の気分で大損するかもしれない。
なのに、感情だけで動いていいのか?
 
怖いからやらないとか
欲しいからやるとか
 
 
 
感情が大事だからこそ、未来の感情も考慮すべきじゃないのか。
 
 
 
 
僕の理想のプロポーズは
僕にとって理想のセールスです。
 
魅力的な商品の魅力を、過不足なく伝える。
結果、求めた未来を手に入れる。
 
 
これが理想ですよね。
(むしろ、これが理想なのか……?)
 
 
 
人の振りを見なければわが振りを治すことはできません。
 
つまり、適切な情報がなければ適切な行動はとれないのです。
 
 
 
 
本当に、モテないとか痩せないとか
便秘だとか、成績が伸びないとか
稼げないとか、続かないとか
 
そう言うできない悩みはいつまでも消えませんよね。
 
 
僕らが積極的に学んでいかなければ
幸せな人間は減るんですよねえ。
 
 
自分だけならまだいい。
 
 
けど、知っているかどうかは
他人の人生にも影響してきますよね。
 
 
いい情報を持っていて人生を変えてあげたら
当然すげえ儲かるし、さらに感謝もされる。
 
ついでに嬉しい。
 
 
 
 
情報を得ないことは
無駄な苦しみや悲しみを増やすだけなんですよねえ。
 
知識を得る意味を知った人間が
もっと価値あることを学んで広めていく。
 
 
そんな世界になってほしいなと感じます。
 
 
 
僕の理想の結婚は、
理想的なマインドセットのカップルになって
経済的にも精神的にも豊かで
前向きで生産的で、実力もあって
 
ただでさえ大変な子供との接し方やらで
無駄に悩むこともなく
 
ダイエットとか生活習慣病とか
継続とか
 
 
そんなあるあるで悩むこともないような。
 
 
まあ。
 
とにかく無駄な苦しみをもっと減らして
なるべく楽しめる
 
それが理想的ですね。
 
 
 
だって、前例はあるんですから。
いくらでも。
 
 
 
いつまでも解決しないで、
一生太ったコンプレックスに悩むとか
 
悲しくないすか。
 
 
僕はモテないとか友達いないとか回避したいと思ってましたし
このままは絶対嫌でしたよ。
 
 
だってねぇ。
 
僕は孤独な中学高校時代でしたけど
 
「僕の辞書に友達の二文字はない(きりっ」とか
いつまでも言っていたらねえ。苦笑
 
 
 
先人の失敗すらも僕らは成功の元にすべきです。
 
だから学ぶ。
コストをかける。
 
 
真にコストをかけるべきは、
無駄な苦しみの対処にではないのです。
 
 
学びです。
だって、その方が楽ですからね。
 
予防になるわけですから。
 
楽をすべきなんですよ。
いちいち虫歯にする意味はないですよね。
 
 
楽とは、無駄なコストをかけないことです。
 
 
ちなみに、サボりは楽ではありません。
(少なくとも長期的には)
 
サボりはコストをかけないことで、いずれ苦しむからです。
 
夏休みの宿題絶対サボるマンだった僕にはわかります。
サボるとロクなことがない。
 
夏休みサボった勢は思い出すべきです。8月31日を。
 
サボって母親に手伝ってもらって、
描きたくもないポスター描いたりとかね。
 
丸付けしたりとかね。
 
 
 
 
と言うか、
コストをかけない人は、表面的には苦労していようと
別の側面ではサボっているのです。
 
 
「いや、私だって頑張っているんだ!」
と感じるでしょう。
 
18歳までの僕はダメダメでした。
 
成績は伸びねえしモテないし
バイトでは10回近く受からないし
他人とは日常会話もできなくて赤ちゃん以下でした。
 
 
赤ちゃんはバブーだけは言えますからね。
 
 
でもね、僕だってそりゃ頑張ってたんですよ。
よし! 話しかけよう!
よしバイトの面接に行こう!
 
何度したでしょう。
けど、間違ったことを認めない限り
やっぱり現実は変わりませんでした。
 
 
 
 
努力は無駄だなーと思いませんか?
 
 
けど、それは
「無駄な努力をしているからだ」
とは思わないでしょう。
 
 
 
僕が無駄な努力をしていたことに気づいたのは
型=基礎=本質を学ぶ重要性について教わった時でした。
 
 
それは18歳の時ですね。
18歳まで、無駄な努力をしていることに気がつかなかった。
 
 
 
「型を外れて考えるのは、考えるとは言わない。
それはただ迷っているだけだ」
 
 
僕は、迷っていただけだったんですね。
考えていたつもりでも。
 
 
 
 
 
人は知らないことを知りません。
こんなのあるの?
 
「こんなに面白い話があったのか!」
とか
 
「こんなに1日で変化するのか!」
とか
 
 
体験しない限りはわからないですよね。
 
自分の世界の限界は、
自分の知っている限界です。
 
 
 
 
 
本2冊を丸暗記して、著者の前で話した人がいます。
 
 
「え? そんなんできる?」
僕は思いました。
 
無理でしょ?
 
 
けど、
僕の日常にはなかっただけで
実際にそう言うレベルの違う人間はいるんですよね。
 
 
 
 
色々な人を知ると思いますけど
マジでこんなやついるのか・・・って言う人間いますよ。
 
世界広いなあって言う。
あー井の中の蛙だった。
 
 
そして、僕より物事知ってる人でさえ
自称井の中の蛙なんですよ。
 
 
僕よりは知っているに過ぎないんだ。
なんでも知ってるわけじゃない。
 
 
 
僕は今でこそ本を読んだりセミナーを見まくったりします。
 
けど、
勉強しても意味がないと思って生きてきました。
 
なぜか?
 
学校の不毛な勉強だけを見て、
「あー勉強というのは無駄なんだ」と考えていたからでしょうね。
 
 
 
知らないと
それがいかにダメなのかとか
それがいかにいいのか?
 
 
それはわからないんですよ。
 
 
 
 
 
頑張っても苦しい人は
コスパが高まらない努力をしています。
 
 
コスパが高まらない。
だから苦しいんだ。
 
 
コスパを上げない限り永久に苦しみます。
先人の二の舞を演じることになります。
 
 
 
 
僕らには4つのコストがありますよね。
その全てを費やして、コスパを高めていく。
 
 
 
 
困難は試練だー!とか綺麗事はうるせえだけです。
 
困難はそりゃね、乗り越えるべきですよ。
だが、困難に甘んじていい理由にはならない。
 
 
試練ならさっさと乗り越えるべきです。
 
人生自体が試練だから
苦しいのは仕方ないんだと言うのは、甘えです。
 
 
コストは、コスパが高まるように使わなければなりません。
逆に言うと、適当にコストをかけてもコスパは高まらないと言うことです。
 
つまり、闇雲な努力では変わらない。
我流はダメなんですよ。やっぱりね。
 
 
みんな同じ罠に引っかかるんですよ。
 
だから、
みんな同じ悩みがあって、
それはこの世から消え去らない。
 
 
 
 
たった一度しかない人生って
腕や心臓のように希少性高いと思うんですよ。
 
とりあえず有効活用したいなと。
 
であるがゆえに、
結婚について今回僕は思ったわけです。
 
 
 
結婚は大きな問題であり、
安易に決定していいとは思えない。
 
 
前例を見て、情報を集めて考えて
本当に後悔しないだろうか?
 
 
それを見極めていくべきなんじゃないのかなと。
 
 
 
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こそあどです。 僕は大学生にして、本せどり、CDせどりで稼いだり
八時間バイトしながら大学通って、 合計で100万円分を超える知識を得て情報発信中です。
 
僕は昔からビジネスのことを学んできたわけでもないし、
話すのも苦手だったし、
文章も『何言ってんのかわからん』と言われてきました。
 
でも結局は手品。
ライティングもマーケティングも 知って、慣れるだけなんですよね。

 
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