恩知らずと自己犠牲問題への答え

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こんにちは。こそあどです。
 
今日は親にああしろこうしろと言われたりして
自分は親不孝なのか?
でも自己犠牲な生き方はしたくない
 
という悩みがある方にぜひ聞いて欲しい動画です。
 
 
今回の動画を聞いてもらえれば、
その悩みが解消して、人生を今より充実させていけると思います。
 
 
この動画をとる背景としては
僕って人生全てにやる気が出ないし、自分のやりたいことがなんなのかもわからない状態だったんですよね。
 
人生このまま生きてて意味あるのかなみたいな気分になってたんですよね。
でも、生きてれば何かしないといけなくなる。
 
 
僕は、父親が威圧的でして、
すぐキレてるんですよね。
 
で、意味不明なところでキレまして、
僕が野球やりたくもないのに、外でキャッチボールとかさせられるわけですよ。
 
で、仕方なく言うことを聞くまではいいんですけど
ある日それで上手くできないからキレられたんですよね。
 
で泣いたら余計に情けねえとか言われてたんですよね。
 
 
で僕は精神関連の本を何冊も何冊も読んでわかったんですが
自信が持てないで自分なんかがと思ったりとか
指示待ち人間になるっていうのは
 
親の影響が割と強いんですよね。
 
 
 
で、今回の動画で、
いろんな人に親に嫌なことされたけど、
でも親だし、育ててもらったのは間違いない
でもだからと言って、人生を親のために使っていいのか?
恩知らずな生き方でいいのかって
 
思ってる人が抜け出して欲しいと思ってるんですよ
 
 
 
今では辛かったことを言えるんだけど
元々は辛いとか言えなくて
 
こういうもんなんだろうと思ってたんですよ。
で、言われた通りのことをやって、
言われた通り漢検なり英検なりの資格を取って
 
学校に通って、
大学に行って、
就職するしかないんだなあと。
 
 
 
でも今は辛かったし、辛くて悔しくて怖かったし
本当はもっと違う生き方をしたかったと
 
今なら思えるんですよ。
そしてこのままじゃ嫌だと言える。
 
 
僕はNOが言えない関係性っていうのは
健全じゃないと思うんですよね。
 
 
 
 
あとは感謝しろー感謝しろーと言われるわけなんだけど
これっておかしな話で
 
感謝って言われてやるもんなんですか?
 
だれだれに感謝しなさいとか、お礼を言いなさいっていう言葉は
本来はありがたみに気づかせるための言葉だと思うんですよ。
 
それが感情を支配する命令になってる。
本人が納得して言う言葉はなく、言わなきゃならない言葉になってる。
 
 
それはおかしな話でしょ。
感情は命令されて決まるものじゃない。
 
 
尊敬もそうなんですよね。
アホな上司でも、尊敬しないといけないとか。
 
その世間の誰が言い始めたんだかわからない常識にとらわれて
素直な気持ちを封印して
 
ダメなやつがダメなままであり続けるって
どうなんですかと。
 
 
 
そういう人の気持ちを理解しない親の扱いを
よかったと肯定する必要は全くないし
許せないのであれば許す必要もないと思ってるんですよ。
 
そもそも、態度を改めないのであれば許すも何もないと言うか
 
要は幸せというのも命令で決まるわけですよね。
これがお前の幸せなんだと。
 
幸せじゃないと感じてるのに、
幸せなんだと思わされる。
 
そして何が幸せなのかがわからなくなる。
そして幸せになれない人間がまた増えるわけです。
 
 
意味不明でしょ。
 
 
これだけなら親に文句を言うことにためらう人も減ると思うんだけど、
 
やっかいなのが「恩」があることなんですよね。
 
 
恩着せがましい親ほど育ててやったんだとか
金がいくらかかったと思ってるとか
言ってくるし
 
僕の場合は、プレゼントが多かったですね。
父親が特にそうで、いらないものをプレゼントしてきては
 
仕方なくもらってたんですよ。
でも使わないんですよ。
 
使わないんだけど、使えとLINEしてきたりして
生活を支配されてるようなもんだったわけです。
 
でいらないと言うと、せっかく買ってきたのにと毎回同じことを言う
 
 
これは姉にもそうだったかなと思います。
 
で、
自分で何かを決めて間違えると
ほら俺の言う通りにすればいいんだと失敗を許さない状況に追い込んでくる
 
本当の自分を認めてくれない親って、好きになれるんだろうか?
 
 
いや、事実として親を好きになれてない人間がいるのだから
好きになられることをしなかったわけですよ、。
 
これはモテるのと同じですよね。
 
 
恋愛だと、モテることをしないとモテないわけです。
当たり前ですが、
 
それが子供に好かれることになると
命令すればそうなるのか?
 
んなわけないだろって話で、
 
好きになってもらうことをしないと好きにはなってもらえないんですよ。
 
そのための努力は、異性に好かれる時とか、
あるいは企業がお客に好かれる時とかは
 
頑張って色々やるわけです。
 
 
子供だって人間ですから、同じなんですよ。
 
 
恩返しされないのは、恩返ししたいと思われなかった親のせいなんですよ。
 
 
 
こういうことはあんまり言うの憚られると思うんですが
だからこそ僕が言おうと思います。
 
 
それはお前のせいだろっていう。
 
 
感情を無視したコミュニケーションをしたわけですから
当たり前なんですよね。
 
 
コミュニケーションですよ。
子育てから、友人関係、恋愛、そしてビジネスまで。
 
生きてる限り人と関わらないことはないと思います。
 
 
だからこそ僕は心理学とかを学んだ方がお互いもっとスムーズに生きられるよなあと思うんですよね。
 
起こす必要がない問題ですから。
 
 
 
 
 
 
 
僕の基本スタンスとしては
自分のために自己責任で生きていくって感じなんですよね。
 
 
親のせいにすることをためらう必要はなくて、
 
というか、
僕にとって、誰のせいにするのは重要なことじゃなくて
他人任せに生きることが問題だと思うんですよ。
 
親のせいにすべきところはちゃんと親のせいにして、
その上で自分のためにできる努力をすべき。
 
 
問題なのは、何も変えられないまま終わる人生であって
人のせいにすることじゃない。
 
人のせいにすると、自分で努力しなくなることが多いから
人のせいにしちゃいけないとか言われているわけですが
本質は努力してるか。
 
もっといえば、努力の果てに幸せを掴むかなんですよ。
 
 
 
親のためにいきたくないもんは、親のためにいきたくないんですよ。
辛かったもんは辛かったし、怒りを感じたのは確かですよ。
 
それを「いや、それはお前がおかしい」と言われようが、
苦痛は確かにそこにあったわけです。
 
 
それを認めるのが自分が毒親にならないことだと
「母がしんどい」という漫画を描いた田房永子さんも言っています。
 
 
僕らは、自分のために自分を持って生きるべきです。
 
恩着せがましい親ほど
あれをやってやったとか、こんなに金がかかったとか
言うことを聞かないから大変だったとか言うけど
 
 
やるのは義務ですし、金がかかるのは予測できることですよね。
言うことが聞かないのも普通のことですし、
言うことを聞かせられない親の実力不足なわけですよ、
 
もちろん完璧な親はいないけど
その努力はしたのか?って話です。
 
 
これは逆に自分が親になるときは肝に銘じないといけないと思いますけど
人を動かすにはちゃんと動かす方法があります。
 
 
命令するしか能がない自分を恨むべきです。
 
子供が自発的に言うことを聞くわけがないことは
本でも読めば予測できることですし
 
 
予測できることで
なぜ言うことを聞かないんだと言うのは
 
車を買って、
なぜガソリンが必要だと言うんだ!
オイル交換が必要なんだ!
 
 
と同じくらい親の責任なわけですよ。
理解できてない方の問題ですよ。
 
 
 
 
繰り返すように、完璧な親はいません。
仕方がない部分だっていくらでもあるというか、
 
言ってしまえば、この世で起こるありとあらゆることは
仕方がなかったことなのかもしれません。
 
実際にそういう現実があるわけですから。
 
 
 
だけど、
問題をちゃんと問題だと認識して
変えていこうという努力はすべきだと思うんですよね。
 
幸せになる気、幸せにする気があるのかと。
 
 
僕もずっとやる気がなかったわけなんですが、
人間は変われるんですよ。
 
やる気さえあれば勉強して、
勉強すれば目的を達成する手段が思いついて
行動ができる。
 
 
やる気さえあれば。
 
できることを放棄している人間ほど
関わりたくないものはないですね。
 
 
 
今の自分が絶対なんだ、子供がおかしいんだと言うような
話の通じない人間は
 
つまりは変わる気がない人間ですから
関わるだけ意味がないんですよ。
 
物理的に距離を取る方法は色々あって
 
意外と知られてないんですが
親だろうと、玄関越しに3回帰ってくださいといって帰らないなら
警察呼んでいいんですよね。
 
あと遺産相続も弁護士に相談すれば放棄できるし、
 
理由があれば介護はしなくてもいいんですよね。
 
 
 
 
 
 
世間は何を言ってこようが気にする必要はなくて
だって責任取ってくれないですから。
 
 
言うだけですよ。
 
その人たちは仮にそれで幸せになれるのだとしても
あなたにとって幸せじゃないんだとしたら
そんな意見は意味がないと言うか
 
 
これは仕事もそうだけど
辛いのに現状維持させるのも
結局は無責任だと思うんですよね
 
 
どこまで言っても自分の人生責任取れるのは自分だけなんですよ。
親ではない。
 
 
 
関わっていれば嫌でも嫌な思いはしますし、
それは親に限った話じゃないんですよね。
 
 
自らそこに留まって、
これは人生の試練だとか、みんな我慢してるんだとか
 
そういう正当化はもういらないんですよ。
 
その正当化は危険な状況下で自分が攻撃されないためにやってきたことなんですから、
逃げて本当の自分を認めておく。
 
 
逃げるという表現と、その逆の我慢という表現が
やたらと悪印象なり好印象なり持たれているけど
 
逃げるは逃げるでしかなくて、我慢は我慢でしかない。
大事なのは、その結果じゃないのかなと。
 
 
 
 
僕は僕を幸せにするために努力したいし、
それを阻止してくる人間とは関わりたくないんですよね。
 
先生とか上司とか、クラスメートとかもそうですけど
夢をただただ潰してくるやつって、
一緒にいる意味ありますか?
 
 
あー自分なんて何もできねえんだなと思わされるわけです。
 
 
でも冷静に考えれば、
先生とかも別にそんな色々知ってるわけじゃないですよ。
 
高学歴な人ってあまり先生にならないですから。
大手企業に入った方が稼ぎがいいですしね。
先生って意外と簡単になれるんですよ。
 
 
 
上司も、お前には転職は無理だとか起業は無理だとか
その上司は世界のどれだけのことを知ってるんだかって話じゃないですか。
 
 
ドリームキリングしてくるやつは世界を知らないんですよ。
とにかく攻撃したくて仕方がないだけ。
 
 
根拠もなく誰かを批判するのは、潜在的には自己否定になってるんですよ。
 
僕も元々は他人のことをバカにしてた部類の人間でして、
本気で生きてるとか少年漫画なのかこいつみたいなことを言ってて
 
自分では何もしてなかったんですよ。
そんな自分が嫌いで、その現実から逃げるために誰かに目を向けて揚げ足を取ってばかりいた。
 
 
 
そんな自分が大っ嫌いでしたよ。
だから僕はきっかけを持った時に変わりたいと思ったし、
そんなの無理だと言ってくるやつはシャットアウトしました。
 
 
 
素直な人は、自分にとっての異世界を受け入れたりするんですが
プライドが高くて自分が絶対に正しいと錯覚してる人ほど
そんなの嘘だとか、詐欺だとか、無理だとか、
すぐ否定する。
 
 
それは知らないから怖がっているんですよね。
変化が怖いから安定を求めてる。
 
人生に消極的。
俺には関係がないとか、興味がないとか。
 
 
 
別に僕はそう思いたい人は思っていようが構わないんだけど
僕にもそれを押し付けてくるなと思ってるわけです、
 
 
 
 
自分の素直さを封印するのを僕はやめたからこそ、
やっぱ楽しいですよ。
 
だって恥ずかしいとか感じようが、変だと言われようが
そこに思っているという現実はあるわけですから。
 
 
なんとなく思ってることあると思うんですよね。
人には言えないけど、
内心こうなんじゃないかなあと。
 
でも自分がおかしいのかなと思うと口にできない。
 
間違ってたら嫌だ、失敗してたら嫌だ
 
 
 
そういう風に、受け入れてくれない社会を相手にしてたら
いつまでたっても社会の奴隷みたいな生き方しかできないのかなと気づきました。
 
 
 
だってですよ。
教室で人の前に立ったら泣いてた僕のような人間が
まさか本を読んでYoutubeに動画をあげて、
 
こんなことになるとはって感じですよ。
 
 
可能性なんて自分で決めるもんじゃないなあと思いますねえ
 
僕はバイトで10連続で落ちたりとか
もう散々な大学一年生だったですよ。
 
その一年生の夏から僕は色々努力して
しょぼい時期もあったけど
 
自分をこの程度には進化させられました。
 
 
 
確かにしょぼいしまだまだできることあったでしょ
と思うんですけど
 
 
それでも努力してきた自分は誇れるなと思ってます。
 
あの頃よりは間違い無くマシです。
 
 
 
その気持ちが間違いか正しいかを考える前に、
その気持ちはあるのかないのかを考えさせられている。
 
そんな気持ちは存在しなかった。
事実を隠蔽させられ、現実が捻じ曲がっている。
 
誰もが認めなかったとしても
思った事実は消えません。
 
自然に湧き上がる感情の存在を否定するって、
それは不自然な教育じゃないですか?
 
僕は目的が明確になってから
色々行動できるようになりました。
 
 
それまではあれやれーこれやれーと言われるんですが、
全然やる気が出なかったんですよね。
 
 
求めるだけで何もしない。
誰もわかってくれないし、誰もが敵だと思っていました。
 
 
けど、自分だけじゃないんですよね。
 
 
確かに親のせいなことは親のせいにするんだけど
自分の人生は自己責任だと思っています。
 
いつだって、他人にできるのは手をカスことだけです。
最後に自分を助けられるのは、いつでも自分だけです。
 
 
 
嫌われる勇気と、幸せになる勇気を持って、
自分の人生を歩んでいくつもりです。
 
自分よりひどい状況の人がいようと
それは僕が苦しい状況に甘んじる理由にはなりません。
 
 
倒産しそうな企業があるからと言って、
他の企業が努力しなくていいわけじゃないですよね?
 
 
それと同じです。
 
 
我慢は手段に過ぎない。もちろん逃げることも手段に過ぎない。
 
 
高校時代まで、僕はちゃんと学校に通い続けていました。
友達が一人もいないし、
自分の陰口が聞こえてくる教室でした。
 
中学の頃はいじめっ子に標的にされて
しかも部活でペアだったんですよねー。
練習試合の日は一日中「サンドバック確定だ」とか「殺してやる」とか
近づくたびに言われ続けました。
 
その日の夕方は、見かねたチームメンバーが先生に報告してくれたのですが
そしたらそのいじめっ子は急に態度を変えて「先生に言うのはやめてくれ」と言ってきたんですよね。
 
そのまま我慢を続ける意味はないわけじゃないですか。
 
 
だから僕はしっかり距離をとりました。
 
でも学校自体がそもそも行きたくありませんでした。
 
高校に進んで、明確ないじめっ子はいないんだけど
陰口ばかり聞こえる教室で授業も聞こえない。
 
 
あの頃学校に通った意味は、本当になかったと思いますよ。
高校はいかなくても大学に行けますしね。
 
むしろ高校行かないで勉強してた方が
僕の偏差値は高かったのかもしれないなとすら思います。
 
授業を聞けるほど静かな教室じゃなかったんで。
 
 
 
 
たまに人生が辛いのは試練だと言う人がいますが、
というか母親なんですが
試練なら乗り越えましょって感じですね。
 
いつまで試練なんですか。
僕は試練をしたくて試練してるわけじゃないんですよねー。
 
試練の先のものが欲しいから、仕方がないから試練に耐えるだけです。
 
 
手段と目的の意識はマジ大事です。
 
 
 
 
 
あと、選ぶこと。
親を捨てるようなことをしていいのかと思う人に聞きたいのは
 
あなたにとって、最優先のことはなんなのかということ。
親ですか?
 
自分ですか?
恋人ですか?
 
子供ですか?
 
趣味ですか?
仕事ですか?
 
夢ですか?
 
 
 
人生は選択の連続ですから、
何かを選ぶことは他の何かを選ばないことになります。
 
 
全ての選択肢を選ぶことはできない。
 
 
買い物もそうだし、片付けだってそうだし、時間の使い方もそうだし、体力だってそうだ。
 
もちろん大切にできる人間の数だって、限りがある。
 
限りがあるんですよ、人間ですから。
 
 
 
覚悟はいると思います。
なんであれ、捨てる覚悟は持たないとパンクしてしまいます。
 
 
そして捨てることは快適な人生への道ですし、
捨てることは限界がある人間にとって、当然のことです。
 
 
助けたくないと素直に思うなら、それが答えなんじゃないでしょうか?
 
 
 
 
 
改めて結論ですが、
親不孝とか親の都合だけで知らんがなって話ですし、
恩知らずとか言われても、本当に恩を感じてないわけですから
 
気にする必要性がないということです。
 
 
 
人を動かせないのは自分の責任です。
 
これは僕らも肝に銘じないといけないので、
人ごとではないのですが、
 
それは親も同じということで、
 
 
 
ブログとかでも僕のいろんな過去の話とか
毒親系の本のレビューもありますので
 
そっちも参考にしてみてください。
 
 
 
 
ということで
いかがだったでしょうか?
 
ぜひ感想をお待ちしております。
 
何か変化があればなと思いつつ
今日は以上になります。
 
長い時間お疲れまでした。
 
こそあどでした。
 
_(┐「ε:)_< 神よ、お助け〜

 

( ^ω^)祈る効果なさすぎワロタ
神⊂


 

 
( ^ω^)そこで
⊃)神 (⊂




( ^ω^)神を
≡⊃⊂≡


 

( ^ω^)こうして
⊃ .. ⊂

‘∵‘:’;

 

( ^ω^)三( ^ω^)動いて

 

 
\\٩( ^ω^)و //

こうなる話
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reminDO

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こそあどです。
僕はずっと自分のやりたいことが見えないまま生きていました。

大学一年生の夏前までくすぶった時、
僕はビジネスの世界と、
億を稼いだ起業家たちと出会って

思考やマインドセット、知識という武器を得て
今は厳しいけど楽しく上を目指しています。


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