命について考える。価値と希少性。そんなに大事か

Pocket

好きなBGMまとめてみました。音が大きいので注意
=========================================
=========================================
こんにちは。こそあどです
 
まず結論から言うと、
命が大事だと僕は思ってません。
 
なぜかをお話ししましょう。
そして、命が大事じゃなかろうと現実には希望が沢山あるんだという話も。
割と名言っぽいこと言ってます。
 
そもそも、「命」が何を指してるのかわからないんだけどな。
 
ちなみに、
この記事は実は前向きな記事ですので、ご安心ください。
 

まー、思おうとしてた時期は生まれてから20年くらいはありました。

 
でも、だとしたらこの現実はなんなのさと
思った。
 
本当は「命は大事だ」と初めて聞いた時からずっと思ってたと思う。
今日は命の価値と希少性のことについて語ってみます。
 
 
本当の意味では誰も助けてくれないわけです。
そもそも、世界なんて最初から弱肉強食なんですが、

問題は、助けてくれそうな雰囲気だけ演出してくること。

 
期待させるだけさせて、美化するだけ美化して、
それで成長してどうする? 生きて、育って、大人になってどうする?
 
生きてりゃそれでいいのか?
育てばどんな育て方でもいいのか?
 
 
学校に行けば孤独だとか、とりあえず一緒にいるだけの人間だけで、自分大事にされてねーという気分にさせられ
 
家に帰っても「勉強だー習い事だー、やれー、逆にゲーム欲しいかーとか、友達作れー」とか大事にされてねーと思わされ
 
面接を受けても価値ねー宣告され
「命に価値なんてない」と思った。
 

日本で普通に生きるだけでも色々あった。

 
 
でも正直、
他の国とか他の会社、他の家、他の人のことなんてのは考えてる場合じゃない。
 
そして薄々感じる無価値さと、綺麗事の嘘臭さ。
なんだか心に響かない美しさなわけだよ。
 
 
騙すことでしか魅力的に見えない世界なんて
魅力のない商品を売るようなものだ
 
親が詐欺師と本質的に同じことをした後、
現実を見せる
 
だから絶望する
親が生きる魅力に気づかなきゃ誰が教えるんだ
 
と思うんすけど。
 
 
 
大事というのは価値があること
価値である以上は人によって変動する
そして供給過多になれば価値は下がる
 
命も増えすぎれば価値は下がる
命が大事なんじゃない
 
でもペット番組を見ていたりすると
大事にされている「命」もあるんだと思った。
 
そして気づいた。
 

大事な命だけが大事なんだ

 
さらにいえば、
大事なものだけが大事なのであり命かどうかは本質じゃない。
 
命に価値があるかどうかなんて、それは人による。
あるのかないのかという議論が意味不明である。
 
それは「犬に価値があるか?」という問いや
「パソコンに価値があるか?」という問いと同じ。
 
そもそも「誰にとって?」がなきゃ
価値がある人もいれば、価値がない人もいるとしか言えない。
 
平等に価値があるわけがない。
それは砂漠の水と、日本の水道から出る水の価値が同じだと言ってる。
んなわけがない。
 
砂漠だったら生きるか死ぬかを左右するから、一滴だって無駄にはしない。
でも日本の水なんてバラまいてるじゃないか?
 
商社は仕入れて売るだけで儲かってる。
価値を感じない人から買って、価値を感じる人に売る。
これが転売であり、商社であり、ビジネスの基本。
 
情報格差である。
 
シビアな現実から、人はスタートしないといけない。
 
無駄に君たちにはなんでも出来るんだとか、
煽ってくる大人は、変なものを売るアフィリエイターみたいなもの
 
先に進めても、進んだ先に最初から最後まで絶望しかないのなら
その歩みにどんな価値があるのか
 
もちろん全部絶望ではないにしても
総じて満たされないことになる。
 
いつか向き合うしかない
 
 
大人が向き合わない限り、嘘をついておかないといけないのかな?
 
 
 
 

だって命が大事なわけがない。

そもそも命って何?
 
生きてること自体ですかね?
なんで?
 
生きてることと死んでることの差は何で、
何に価値が発生しているのか。
 
細胞なら生きてるのか?
 
細胞とは単なる粒子が集まったシステムなのに。
 
ならシステムという点で、
命(生物?)と原子と自転車と国と宇宙は全て同じだったりする。
 
システムが壊れるのも、本質的には死と同じなんじゃない?
 
修理して元のように使える道具だって
完全に、本当の意味で完全に元に戻ることはない。
 
死んだら生き返らないとはいうけど、
そもそも不可逆なんじゃないか?
 
可逆的なものも、
それは表面的に可逆的なのであって、時間は戻ってるわけじゃないしな。
 
 
 
 
生きていても菌は加熱殺菌されてたりする。
命大事だと言うわりに、ずいぶんな扱いだと思うんですが。
 
殺菌と殺人は同じ。
 
「生かす価値がない」と思ったか、
「殺す価値がある」と思ったか。
 
日本人に限らず、人は命にやたらと重さを感じる。
命だけを特別視して、視野がぼやけてる。
 
命が大事なはずなのに、
なんで大事にされないんだと思って動けない人が現れる。
 
僕が優秀だったのはそのあたり。
早めに自分の無価値さに気づけたこと。
自分雑魚だーなと思えた絶望こそが、僕の唯一優秀だった点だと思ってる。
 
だから僕は知識と経験と思考で、価値を上げられる。
少なくとも、僕の経済価値は上がる。
 
 
まあ正直、現代人が殺人しないのも
法律によって「殺さない価値」が生まれてるからでしょうね。
 
殺さないことで、裁かれずに済むから殺さないだけ。
みんな殺したい相手の一人二人、出会ったことはあるでしょう。
 
 
別に僕は命という概念自体は、
大事だと思ってないので、
害虫とかもガン細胞とかも殺しますけどね。
 
運動したり腹巻とか巻いて、免疫あげますよね。
 
ちなみに腹巻はスーパー暖かいので
受験生にもいい。
 
集中力も上がったりするし、冷え性ならこれはマストアイテムだと思ってます。
 
Amazonで一番上に出てるAmazonチョイスのオススメです。
 
 
それはいいとして

仮に生きるだけで価値があるのだとしたら、

 
生活環境が最悪なのはもちろん、
精神病になるほど苦痛しかない状況が生まれてから死ぬまで続くとしても、
 
それで十分なのだと言っているようなもの。
 
 
だとしたら、安楽死ってのは何のつもりなんだ。
僕は別に安楽死でもいんじゃねと思います。
 
というかそれは本人が決めればいんじゃねとしか思わないというか
 
もっと言えばどっちでも構わない。
そもそも興味がない。
 

マナーやルールがあろうと、生き方を決めるのは最後は自分です。

 
自分の、脳みそというより運命ですかね。
 
自分というのもどこからどこまでが自分かもわからないので
あえて運命というキーワードで表してみた。
 
人は閉じた物理系ではないからです。
僕らの体を作るものはどこからかやってきて、どこかに消えていく。
 
 
どこぞで肉が育ち、それを食って取り込んで
細胞が死んだらアカとして飛んでいく。
 
拡大するほど、この世に明確な境界線なんてないのですよね。
 
 
命が大事 = 人間が大事 なのだとしても
人間ってどこからどこまでなんですかね。
 
 

命なんてあってないようなもの。

誰も命という物質を見たことないわけだ。
 
生物を見ると命を見ると思い込むだけ。
 
 
僕は生きてりゃそれでいいみたいな思想は持ってません。
 
僕が生きるのは単なる手段に過ぎないからです。
 
生きてるか死んでるかも、大事なことじゃない。
 
現実問題、生きてるのが目的達成のための唯一手段なだけ。
 
 
 
別に死んでようが満足感があり、充実していいて、幸せなら問題ないし
 
(実際は、無理だけど)
 
 
生きてても辛いことしかないんだったら、
何の意味があろうか?
 
 
 
 
まあ色々書いてきて、僕は思うんですよね。
命が大事だとか嘘でしょと。
 
 
僕は現実世界は、
残酷でも希望があるなーと感じますよ。
 
けど、美しても穢れてるなーと感じることも度々ある。
 
 
エリートになって引きこもったりする人もいるわけですが、
 
それって誰かに見せるための幸せでゴッテゴテにさせられただけだから。
 
 
生きるのは世間体よくするためじゃない。
人に優しくするためでもない。
他人に辛くあたることでもない。
 
 
というか大抵のことは表面上の手段なのに、
そこを人生のゴールにしてる人がやたらと多すぎる。
 

突き詰めれば自分の幸せなんじゃないですかね。

 
これは本当かよと思うでしょうが、
試しに考えてみればいいんじゃないかな。
 
形がないものこそ本当に大事なんですよね。
形あるものは、形ないものを得るための手段に過ぎない。
 
つまり、素敵な体験こそ価値。
生きる価値であり、意味である。
 
もちろん子孫繁栄とかそういうのが生物的にあるかもしれないけど
 
僕個人としては
子孫繁栄とか結果的にもたらされろよと思ってます。
生きる価値がないのに命をつなぐ価値はない。
 
 
でも、恋愛ですとか、友人ですとか、
まあ仕事も楽しく
 
おーこれはいいなーとなれば、
結婚したくて、結婚するに値する人といつか結婚して、
自分の子供を育ててもいいのかなーと
 
自然と感じるんじゃないかな。
口コミと同じノリ。
 

この店よかった的なノリで、この世界よかったと次世代にオススメしたい。

 
僕も、どうせならそんな世界を作りたいわけだ。
要は、いい商品以外は売りたくねーよと同じ。
 
 
いい世界にするのがメインではないけどね。
 
そういう世界を作ることが、僕にとっても面白そうで盛り上がる。
 
 
正直他の人間のことは、誰だってどうでもいいと思ってる。
 
「他人のためになりたいという、自分の欲求」のためにしか動いてないから。
 
それで問題ないとも思う。
それも表面だから。
 
ビジネスなら稼げればいい
人生なら幸せならいい。
 
だからなんていうか、
 
高学歴になり、サラリーマンになり、定年になり、介護されながら死ぬまで生きる
 
こういうのは、
ツイッターで、こうすれば稼げますみたいなのと同じ。
 
それは1手段でしかないからなって感じ。
なに表面に固執してるんだ。
 
ツイッターはこうするしかない! これ以外は稼げない!
 
みたいな発言と「今の時代大学はいけ!」ってレールしくのは本質的に同じ。
 

思考の抽象度低すぎる。

 
応用が効かないから、手段を目的にして、一生満たされないコースに導いてくる。
 
別に大学行って給料それなりでも、
不幸ならダメでしょ。
 
親が幸せじゃないのに、子供に教えるんだよなー。
 
それはとりあえず死なない方法ではあるかもしんないけど、幸せになれんすか? 
 
っていう。
 
まず親が尊敬に値する人物じゃなかったりする。
親はマジ大事ですよ。
 
僕の親友にも親が虐待してた人いたから思う。
 
子育てで威圧的な命令を多用するのも、
確かに肉体的に育つかもしれないけど、幸せにはなれないよな。
 
 
子供が、大人になるのが育てる目的なのかね。
 

生きる目的って、早めに明確にしておくべきだなーと思いますよ。

 
でも考えても「幸せ」以外にわからないんですよね。
 
全てはそこに集約される気がする。
 
お金も手段だし、
友達も手段(こういうと批判きそうだけど)
世間体も手段、
当たり障りのない発言も、本音トークも手段
ペットを飼うのも手段
勉強するのも手段
資格を取るのも手段
息をするのも手段だし
歩くのも手段
寝るのも手段
風呂も手段
 
というか手段じゃないものは、目的だけだけどね。
 
全部手段です。
だから代えが効く可能性はあるわけですよ。
 
常に「目の前のそれ」が手段であることを忘れないのが大事。
 
 
 
起業家になるからって、10億稼がないと、とかない。
 
やりたきゃやればいいし、
他のやりたいことがあれば、それをやればいい
 
やりたいことして満たされないならやめればいいし、
満たされるならやり続ければいい。
 
 
まあなんだろうな、
本当は頑張りたいのにだらけて自己否定とか、
 
だらけたいけど、こんなんじゃダメだと思ってしまうなら、変えるべきでしょうね。
 
 
 
表面的な「やりたい」に惑わされないのも大事ですよね。
 
 
関連記事です
 
善と悪は、特に表面的理解になる原因。
こんなものないと知ったことが、常識のガラスをぶち破った。

 

僕も暇で楽そうな大学生だった。

でも暇な学生って、スッゲー辛いと思うんだよな

 

親に遠慮して人生を食いつぶすことについて、思ってたことを動画にしたこともある。

本質を見抜いて、堂々といかないと誰もが損をするだけなのですよな。



=======================================


中学生まで



_(┐「ε:)_< 神よ、お助け〜




高校生



( ´_ゝ`) 将来? 興味ないね



∩(´;ヮ;`)∩あ”あ”あ”あ”!!?



大学生



( ^ω^)祈る効果なさすぎワロタ
 諦⊂





( ^ω^)今まで諦めてたじゃろ
⊃) (⊂





( ^ω^)これを
≡⊃⊂≡




( ^ω^)こうして
⊃ .. ⊂

‘∵‘:’;



( ^ω^)三( ^ω^)動いて




\\٩( ^ω^)و //

こうなった件


自信作 無気力だった時期からの脱却

無気力レポート

https://www.evernote.com/l/AdLZySpvBLhK36iZ9tkipwBiIGCwsZ8ErBk=======================================