相手を幸せにしよう。当然お金をもらおう。 という話をして、子供の頃を思い出してる回想記事

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相手を幸せにする。

これがビジネスの基本です。

 

綺麗事みたいに聞こえますが、結局幸せにするほど儲かります。

なぜか? 需要があるから。

 

みんな幸せになりたいので、幸せにすることが求められている、

そこではお金も払われる。

 

これがビジネスです。

 

 

で、相手に価値を提供してないのにお金をもらうのは論外ですが

提供してるのに「もらっていいのかなあ」というのもいらない。

 

もらっていい。

むしろ、正直に話してるならダメな理由がない。

 

 

 

これが1つ言いたいこと。

 

もう1つ。

価値を提供しないでもらおうとすること。

 

要は、金目当て過ぎて、価値提供してないっていうね。

 

 

金をもらうのが前提ですよ。

そりゃね。

 

だけど、金が欲しくて相手を無視してるのは

恋人は欲しいけど相手を無視するのと同じ。

 

 

「こんなの作ってみた。よくない?」では売れない。

 

それ求められてるのか?

 

幸せにしてあげたい気持ちと、お金を最大限稼ぐ思考を両立させること。

幸せにしてあげたいだけじゃボランティア。

食ってはいけない。

 

お金がない人は制限が多いから、自由度も下がる。

 

お金を最大限稼ぐ思考だけ、ってのもよくわからんけどね。

お金を最大限稼ぐのに「どうやったら喜ぶかなー」はマストだから。

 

 

お金もらうのは当然の権利です。

利益抜くのが当然なのです。

 

スーパーマーケットはボランティアではないですよね。

原価より高く売って儲けてるに決まってる。

 

そうしなきゃ、スーパーはさらに仕入れができないし

僕らはむしろそれで困る。

 

世の中、何するにしてもお金はかかりますからね。

習い事だって、意外と高いですよ。

 

ピアノとか空手とか水泳とか。

 

サラリーマンも無料で社会奉仕してないですよね。

サラリーもらってるし。

 

給料は、時間と労働力という「物」以外の商品を売った結果です。

 

働いて、誰かの役に立っていますよね?

もちろん、よくない商品を売る会社員もいます。

 

でも、運送業とか看護とか価値があるわけです。

 

多くの人間には、

誰かのためという認識はないかもしれないし

働くのはやっぱり生活のためかもしれない。

 

それでも、幸せにしてる。

だから当然もらいましょう。

 

幸せにしたら、その権利がある。

今日はこれを認識してください。

 

遠慮はいらない。

世の中、そういう仕組みなわけですから。

 

 

 

PS

なんか子供の頃にあったショッピングモールのこと調べてしまいました。

懐かしい。

 

あまり大きなものじゃなかったけど

当時はまだ人が多かった。

 

小さなシアターとかあってゴジラの映画を見た覚えがあるし

駄菓子屋とかプールがあったし。

 

コロッケ屋にパン屋、トレーディングカード屋もある。

母親と習い事の帰りに、フィギュア入りの入浴剤をよく買った。

 

集めて、姉なんかはクッキーの箱に入れてた。

 

一昨年、久々に行くことがあった。

せどりの仕入れで。

 

今日調べても

エスカレーターは停止してるし

エレベーターも封鎖されてたらしい。

 

プールの施設は他のところに移動して

主要なお店は全部いなくなった。

 

子供向けから、大人向けになったな。

パチンコやゲーム系の店がさらに増えたらしい。

 

僕が小学校後半の頃にパチンコが来てたな。

まだ部活とか、孤独感を感じるとかじゃなかった頃か。

 

早いもんだな。

 

ファストフード店とか服屋さえあったのに

今じゃ残骸みたいな外見。

 

時の流れを感じると、小学生時代はまだ楽しかった方なので

なんか悲しくなってくる。

 

中学とか高校は、本当に時間を無駄にしてしまったなと

今日思い出にふけった。

 

人生短いんだから、楽しんでおかないとね。

毎日の価値なんて、当事者でいる内は感じられないなあ。

 

親とかクラスメートとか部活とか後悔ばかりだ。

青春をエンジョイしたかった。

 

でももう遅い。

だからこれからは、なるべく全力だ。

 

苦しいだろうけど、

僕が40年50年60年70年

100までいけるかな?

 

まだ20歳だから、後これまでの4倍の時間。

 

そのくらい未来になって、

出会いと別れと、後悔と成長をして

さみしい最後にはしたくないと感じたなあ。

 

 

もし、楽しかった時期が少しでもあるのなら、

思い出してみてください。

 

楽しんでない時期は

マジでもったいないことしたと思いますよ。

 

 

僕は多くの人に後悔して欲しくて

後悔こそが未来を変えると思ってたから。

 

僕は呆然と生きてしまって、

ここ数日、本気になってみて、涙が出てきそうだ。

 

何してたんだろっていうね。

 

 

申し訳ない気分って、これですね。

何やかんや、僕の周りの人間はいい人間が多いと思いますよ。

 

父親も母親も、姉も祖母も。

犬も猫も。

クラスメートたちも。先生も。

 

確かに嫌いな時期が長かったし

尊敬できない部分だっていくらでもある。

 

けど、僕も相当にしょっぱかったわけで

何も誇れないくせに偉そうだったから

イラつかれてもしょうがないのかなーと多少反省した。

 

親が大事かも。あの頃のクラスメートが大事かも。

なんか、今更だけど懐かしんで美化してしまう。

 

まあ、美化しちゃえと思う。

嘘だろうが真実だろうが、僕は幸せな気分でなるべく長い時間いたい。

 

現実問題、

スキルや知識を身につけないと、幸せでいづらいから我慢して作業するだけだ。

 

僕は守られてた小学生時代と、

誰もが敵に見えたけど、やっぱり守られてた中高大と、

急に感謝したい気分だ。

 

それにしても追記の思い出話がメインに成り代わってるけど、

ノリで行こう。

 

ちょっと現実逃避したい気分かもしれない。

 

 

どんどん僕の「友達」は減っていって

「友達」と「知り合い」をやたらと分けたくなっていった。

 

もともと、人と話すのが苦手だった。

保育園の頃からだった。

 

家庭では元気にベラベラ話してたし

祖母にべったりで、シルバーカーで送ってもらっていた。

 

僕は5歳6歳だった。小学生が輝いて見えたな。

 

授業があることがすごいことに感じてたし、

新しい人間との出会いにワクワクしてた。

 

友達がいたな。

そういえば。忘れてたけど。

 

半分土に埋まったタイヤの上を移動する

「フィニッシュ」とかいう遊びを考案してくれて

小学生も4年くらいまではよく遊んだ。

 

そこから、何だか僕は遠慮がちになって、

中学では一応知り合いみたいな風にまでなっていった。

 

本当に何してたんだろうね。

 

中学で新しい友人ができると思った。

実際できた。僕以外には。

だから、僕は余計に孤立した。

 

小学校1年なんて、割と世間体気にしないから

ガンガンいけたけど、

12歳で、長年一緒にいる人間としか関われなくなってた。

 

全てにイライラしてた。

部活後に空手に行って、母親と姉が車で迎えにくる。

二人の会話に対し、「だから?」とか「それで?」とか言ってしまってた。

 

突っかかり過ぎだろ。

文句あるなら耳閉じておけと思う。

 

母親はよく耐えてると思う。

僕は父親を割と批判してるけど、父親もだいぶ耐えてると思うし

姉もダメダメな部分が割とマジで多いんだけど

それでもやるときはやってた印象。

 

今日思い返してると。

 

だから、僕は口だけで本当に偉そうだったと

ちょっと涙が滲んでる。

 

 

成人式が二ヶ月くらい前にあったけど、

その頃は行かなくてもいいと思った。

 

けど、今の気分だと

行けたらよかったかもと思った。

 

 

昔からインドア派で、面倒臭がる。

思い出づくりをする価値を見出していなかった。

 

両親は僕をあちこち連れ回した。

家でゲームしてたかったけど、まだあの頃の記憶はある。

 

科学施設をやたらと連れ回されるんだなー土日に。

 

平日は勉強。

といっても小学3年4年の勉強なんて、大したことなかった。

習字は苦手だったかもな。

 

左利きだし。

 

毎日の繰り返しに価値を感じていなかった。

今は、体験できるなら1日だけでも戻りたい。

 

今の僕にとっては何気ない2010年頃の1日を体験することにも

10万くらいの価値はある笑

実際、お金で体験できるんだったら100万でもいい。

 

たまに会うとか、たまに食べるとか、たまに行く店とか

それっていい印象になる気がする。

 

毎日勉強しろと言われると日本の子供は勉強嫌い。

 

だけど、

毎日勉強できない海外の子供は、勉強したがる。

 

同じかな?

 

 

毎日は小学校に通いたくないけど、

1日だけなら、今なら先生に宿題忘れて怒られてもいい気分になりそう。

 

「あーこの頃こんな感じだったよなあ」って気分が勝るだろうから。

 

大学3年になる僕には、小学生の生活とか、

日々触れなくなって逆に新鮮ですしね。

 

運動会とか何だかんだ、あったなー。

小1でゲボ吐きましたよ。僕は。

パスタ食い過ぎて吐くっていう。

 

僕は友達がいなかったというか、

いなくなってただけかもしれないな。

 

ここ3日くらい、僕は友達関係のことをリサーチしてて

あの頃の、何も考えずに生きていられた時期のこと考えてしまった。

 

壁新聞とか作って、給食を配って、休み時間は外で遊んで

全然本が読めないから図書室行かなくて、

音楽の授業でリコーダー吹いて、

音楽祭とかがあってハウルの歌とか歌って

 

マラソン大会で男子4位になったこともあって、

結局、6年間3位いないに入れなくて

メダルは得られなかったけど

一応4位の賞状はもらっていたんだよなあ。

 

 

後は、狭い体育館に割と少ない全校生徒。

校長先生の話とか、卒業式の飾り付けとか

卒業式の練習が本当にめんどくさかったな。

 

歌の練習もやっぱり面倒だった。

そういえば、朝の会とかあったな。

日直で前に立つと当時から緊張で話せなかった。

 

体育はまだ得意な印象。

跳び箱は普通に飛べてたし。

 

スポーツはできなかったけど、

バドミントンならできた。まだ家族みんなとやってたから。

 

あの頃が一番人と繋がってた印象。

 

小学校の畑で芋を植えたり

挨拶運動やったり

ゴーヤ植えたり、アサガオ植えたり

そういえば色々あるなー。

 

高校時代の方が最近だけど思い出ないんじゃないかな。

割とあるのかな。

 

 

まだ庭の芝刈りとかやったし

家族でキャンプとか度々出かけてたし

集団下校で話し相手がいたし

遊びに誘われたり誘ったりして、

とりあえず放課後に会いたいときは会える関係だった。

 

一人でいたい時はいられて、みんなでいたい時もいられる。

理想的だった。

 

歳を重ねるほどに、一人でいたいと思うほど、みんなではいられなくなる気がした。

中学校からはグループが目立ってた。

 

僕は関係を維持しようとしなくて、気がついたら孤立してた。

それでも多少は会話するけど、人見知りなので学校ではベラベラは話せない。

 

声を聞かれるのも嫌だった。

まあ中学生だからあるだろうけど

中2まで女子声に聞こえていたそうだ。

 

今なんて可愛い声が出るなら出したいくらいだけどな。

 

 

それにしても小学生時代は、そもそも人数が少なくて

クラスがまとまってた気もする。

 

バラバラになって、目先のことしか見てなかったら

なんか一緒の空間にいるけど、それだけみたいな感じになった。

 

家族ともどんどん時間が失われた。

僕の家は、平均的にマシな家庭だったんだろうな。

 

だからこそ、僕は守られる側で、指示待ちする側だった。

かつ、勉強はそこそこできて、運動は苦手。

夢はなく、やらされてるマインド全開。

 

強いて言えば、もう少し上手にやる気を引き出して欲しかったかな。

僕はやる気がない性格だと思うほどだったから。

 

大学までの時間、モチベという大事な資産を失ってた僕は

生きる意味が死なないためでしかなくなっていた。

 

夢もなく、向上心もない。

どうでもよくなってきた。

 

アニメとゲームが娯楽です。

みたいな引きこもり人間。

 

運動は通学くらい。体育の時間は何もしないことが多かったし。

何も楽しくなかった。

 

入るまでは高校ってキラキラしてる気がしてた。

現実は、マンガやアニメで描かれるような青春はない。

 

ネガティブで、不満が感じられて、孤独を恐れる人間が多くなる気がした。

関係性の維持に全力を尽くしてるような。

 

僕は学校では辛かったけど、家では楽しかった。

 

辛いのは、人の目が気になる場所だから。

楽しいのは、人と関わりたい時期・関わりたい人じゃなかったから。

 

 

今思うと、親友は一人欲しい。

もう一人の僕的な。

 

それが前はいた気がする。

けど怖くなっていった。

 

いない人の悪口を言う人を見て、

みんな汚れていった気がした。

 

僕の小学校にいじめはなかった。

少なくとも僕は聞いたことがない。

たまにケンカしてたけど。

 

あの毎日はもう戻らなくて、変わってしまったんだと思った。

 

小学校から人間関係で悩む人もいると思うから

僕らの小学校時代はかなり理想的だったのではないかな。

 

みんな仲良しみたいな。

一時期はみんなが友達だとさえ思ってたし。

 

けど、中学生だった姉は「そんなわけない」とバカにしてきた。

 

その後、「いや、友達だ」と思うようにしてたけど

「そういえば、友達って、なんだ?」ともなっていった。

 

みんな友達なわけがないのか?

友達って、この関係性じゃないのか?

 

何も考えず集まって笑って遊ぶみたいな。

 

友達って、頑張らなければ維持できないものなの?

本音言えないものなの?

我慢して一緒にくっついて回るものなの?

 

今思うと、維持しようと努力はしなかったから

多少は声をかけたりとかすべきだった。

 

けど、周りを見ていると面倒に思えた。

後、当時はオンラインゲームのメイプルストーリーで

 

ネットという異世界で遠くの同世代や、

年上とかと雑談しまくって楽しかった。

 

おろそかにした。

 

部活もあると、さらにみんなイライラした。

僕も、部活によって嫌われることもあった。

 

 

大人になるとあれこれ考えざるを得なくなる。

 

だから、

コミュ力を上げて相手に合わせる、社会に合わせるということをしないと

弾き出されてしまうのかな。

 

僕の小学生時代は、都会ではなく人数がとにかく少なかったので

みんなよく知る間柄だった。

 

僕が話しかけられないような相手にも、

小学生の低学年の頃は意外と話しかけられていた。

 

今は不良になっていそうなクラスメートも

まだ二年生。7歳くらい。当然怖くない。

気楽で僕も調子に乗ってた。

 

僕は怒らせてしまったり、傷つけてしまうたびに、怖くなった。

逆に傷つけられるたびに、僕はすぐ泣いていた。

 

面倒なやつだっただろうな。

 

小学校も高学年になって

段々と、周りに気を使わせていることが増えて、

自己嫌悪して、遠慮していった。

 

そして入った中学では、

複数の小学校の人が集まり、不純物が混じった気持ちだった。

 

みんなが奪われたみたいな。

 

 

 

 

おっとっと。

まあ、なんか昔のこと思い出したり、友達について調べてたり

未来のことを思って疲れていたり

 

色々考えてしまいました。

僕はこういう過去の全てをこれからに活かさないとね。

 

小説でも

主人公が苦しんでるシーンとかが、感動的なラストになるわけで。

 

最後に笑いたいと言うことで、

作業に戻ろうかな。

 

1時間くらい書いてたのか。

5600文字くらいね。

 

なんか独り言を聞いてもらったようで、

わざわざ読んでくださった方はありがとうございました。

 

 

自分の過去とかも思い出してみてください。

どうですか?

 

 

後悔してる人ほど、人は変わる方法を得て前に進めます。

苦しんだほど力強い一歩ができる。

 

僕は後悔しまくったから、青春の後悔を忘れないために

ここに示しておきます。

 

僕は3日前にとある懇親会に参加して、

だいぶ後悔しました。

 

今日も後悔でいっぱいだ。

いけるいける。そう言い聞かせる。

 

今は、前を向かなければいけない時だ。

なんかいい気分になりました。

 

雨が晴れたみたいな気分。

 

今日はちょっと疲れてて、

人生の意味とか考え始めてたから、書いてよかったかもな。

 

耽りたい思い出とか、楽しさとか、充実とか

やっぱこれもあるかな。生きる意味には。

 

思い出すことが快感になるなんて最高ですよ。

毎日は飽きますけど、

たまになら思い出すとか、アルバムとかって見たくなりますよね。

 

「あーこれだよなー」って思える生きがいがないと

そりゃ、生きていたいと思えませんよ。

 

勉強でも同じで

「あーこれだよなー」が今の僕にはあるから、勉強できてます。

 

知識を覚えて、人生がよくなってる感じが楽しい。

 

 

思い出も同じ。

人生が充実した感じで幸せな気分になれる。

 

こんな思い出を死ぬまでに量産する。

で、死ぬときに全部思い出して最高の気分にしたい。

 

そのために、今なら苦しみに耐えられそうだ。

 

辛い時の支えになるのは、生きてる人・物のよい思い出かもしれません。

また会いたいな。また見たいな。

 

そして会って、テンションが上がる。

 

大抵は、日常がやっぱり辛いんだけどね。

でも僕個人的には、たまに集まれる懐かしい関係って、憧れますね。

 

毎日は正直嫌なんだよな。

当事者な時は、学校とかめんどくさすぎたんで。

親も嫌になってね。

 

けど、今じゃゲームしてたことの方が

あんまりいい印象はない。

 

特に一人で黙々とやってた系。

達成感はあるけどね。

 

イライラしながらやっていたし、

もっと、関わりたい人間と関わるべきだった。

 

全力で夢を追いかけてるみたいなやつがよかった。

 

関わりたくない人間はいいし、

ゆえに大人数の友達がいないことは、

全く後悔してないんだけど

 

一人二人は、マジになれる関係が欲しかった。

 

僕の中学終わりからのネッ友(ネットでは多少いた)は

リア友よりもだいぶ親しくなっていったけど

遠いから旅行とか、僕はしてない。

 

また、会話が苦手で、チャットしか返せなかったから

本音を言い合えるものでもなかった。

 

 

欲しい。僕が誰かにとってのそういう人間になりたい。

だから、もっと価値を上げていきたいですね。

 

また、続きそうになってるんで、そろそろ終わります。

 

 

また繰り返しの毎日になったら、

自分でもこれ読み直そうと思ってます。

 

ぜひ、感情が湧いてるなら、日記書いておくといいですよ。

 

欲しい、悲しい、悔しい、苦しい、やりたい、頑張るぞ、好きだ

そう思ってたことさえ忘れてしまいますからね。

 

拙い文章ですけど、

これが今の自分感残せるわけですし。

 

ということで、本当に以上です。

ありがとうございます。こそあどでした。

reminDO

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こそあどです。
僕はずっと自分のやりたいことが見えないまま生きていました。

大学一年生の夏前までくすぶった時、
僕はビジネスの世界と、
億を稼いだ起業家たちと出会って

思考やマインドセット、知識という武器を得て
今は厳しいけど楽しく上を目指しています。


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