こそあどの人生

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IMG 3450 - こそあどの人生

こそあどの人生

家族構成
・祖母
・母親
・父親
・姉
・僕

保育園

忘れたわけではありません。
この頃のことはまだそれなりに覚えています。いつの間にか遊んでいたら親しい友人と呼べるようなクラスメートがいたことや、先生にやたら迷惑をかけていたこと。まだ自転車に乗れた元気な祖母が、送り迎えをしてくれていたこと。
思えば、幸せの真っ只中だった気がします。当時は運動会で活躍できましたし、沖縄旅行も楽しかった。ひらがなの書き取りとか、簡易な勉強もしていました。当時は「よろい」が何だかわからなかったな。よろよろしている何かかと思っていました。

姉とも遊んでいたし、父親がやっていたクラッシュ・バンディクーのデータを消してキレられました。(これはひどいことをしたなあと流石に思います)

当時の夢は、確か探偵でした。既に名探偵コナンがやっていまして、母親が好きなので自然と見ていたのです。ただ呆然と夢を見ていられた。

小学校

6年間無遅刻無欠席の、むしろ珍しいくらい休まずに通いました。
親戚の葬式の日さえ、なんとか一時間目に出ました。

先生は「本当に学校が好きなんだね」と言ったのですけれども、
実際は休むのがもったいないと思っていたし、『こういうもの』だと思っていたに過ぎません。レールの上を順調に歩んでいくような感じです。

入学してすぐ、知らない顔が増えて人見知りが始まりました。
とはいっても、この時はまだ幼かったので、
ある程度打ち解けることはできていた気もします。

保育園では残せなかった給食が残せることに喜びを感じたりもして。
きゅうりもトマトも嫌いでしたね。きゅうりは毎日のように出るし、食べさせようとする連中がいました。
この時は「高校は給食がないのか。天国だなー」と考えた気がしますね。

当時のアニメ『らき☆すた』を見て
「高校生になったら毎日チョココロネにしようかなー」とか遠い未来を想像していました。

しばらく時間が過ぎて
気がついたらゲーマーと呼ばれるようなほど遊んでいました。
本当にゲームを通じてクラスメートと毎日のように遊んでいました。

小学校の勉強は簡単でしたので、別に何をすることもなく、遊んでいられました。

ただ、この頃から空手や水泳を、物などにつられて習わされたのは後悔しています。
Nintendo Ds liteとかですね。懐かしい。よく母親に隠されましたよ。

科学イベントや、アウトドアなど、興味のないことにも参加していました。
面倒なのですが、そういうものかなーと流されていました。

とまあ幸せな感じはあったものの、少しずつ今につながって来ます。
5年生頃を境に、「彼は、本当に友人だろうか?」と考えることが増えました。

当時の姉は思春期でイラついていて、「友達だと思ってるのはお前だけだ」
とか言われた気がします。

何が正しいのか少しずつわからなくなっていきました。

特に、姉よりも父親の方が理解できませんでした。
父親とプラモショップに入った時のことです。

別にプラモデルに興味はありませんでしたが、
モーターとプロペラで
発電機でも作ろうとしていたのだと記憶しています。

そんな時クラスメートに会って、
彼らはあだ名で呼んでくれました。

笑顔を返して普通に話して別れたのですが、
車に帰るなり「なめられている」とか「住所教えろ。殴ってこい」とか
理解できないことを父親は言い出しました。

何を言っているのかわかりませんでした。(今振り返っても、やっぱり理解できない!)
遊んだことがあるので、泣きながら住所を言わされて、家の前まで連れて行かれ。

まあ結局殴ることはなく、家に帰って責められ続け。。

旅行か何かで母親が不在の夜だったので、祖母だけがかばってくれる状況でした。

当時はまだ父親に好感も抱いていた気がするのですが
恐怖のイメージが徐々に蓄積して、現在は忌避しています。

小学生の内、似たようなことがもう一度起こりました。
空手に通わされていて、帰り際は監視もされることもありました。不快でした。
下級生がじゃれて来てくれたのですが、それもまた『なめれられている』んだそうで。
やり返せと。また泣かされました。

なぜか「次はやり返す」という約束を当然のように押し付けられましたね。

小学生でなめるもなめないもない気がしますが。

どの家庭でもそうかはわかりませんが、父親は恐ろしかった。

ゲームを買ってくれるのは嬉しかった。
でも説明書をなくすと全力でキレられました。

「ああ、これ自分の満足のために買ってんだな」と思いました。

車を運転する時も恐ろしい。(今でも同じ性格です)
少しでも気に入らない車があればクラクションを鳴らすし、
車内で「このやろォ……」とか本気で怒っている。

アクセルを思い切り踏み込み、荒い運転も平然とやります。
速度? オーバーしてますね。不快な発言と威圧をして、参考にできない。

よく母親が冷静に批判していましたが、まあ無意味でした。

後は野球も強制されました。
これもまた全然興味はありません。

野球というより、キャッチボールですね。
夕方、暗くなってからも、家の庭で明かりをつけて

ボールを真上に投げキャッチするのを延々繰り返したことがあります。

もちろん、何か役に立つことではありませんでした。
野球クラブに参加していたわけでもないし、やりたいと思ったことがあるわけでもありません。
父親は、祖父と野球をしたかったのだとか。
それを押し付けていたらしいです。

父親の親、つまり僕の祖父は早くに死んだそうです。
僕の父親が小学生の頃。相当昔のことですね。
僕も母親も、遺影でしか知りません。

今思えば、当時から論理的な思考ができない父親でしたね。

そりゃあ誰しも頭の回転が速いとは思っていません。
しかし、考えようという気が感じられないのです。

例えば一度リフォームをしたことがあります。
父親が選んだ業者でです。

父親は口コミを調べていないのか何だったか。
あまり評判のよくない業者を選びました。

それで何年もクレームをつけることになるのですから、
見習うべきではないなと思ったのは言うまでもありません。

パソコン買う時も「テレビ録画できる!」とか
そういう要らない機能に踊らされていましたし、
実際にその機能使っていないし。

よく考えて欲しいものですね。

何かにつけてクレームをつけるので、
いい加減我慢を覚えてほしいですね。

少しでも問題があればクレーム電話で
弁償しろとか。

クレームをつけるのは、次のどっちかでしょう。
・基準が高くて文句が多い
・下手な業者の売り文句に踊らされている

これを繰り返し続けていますから
原因がどこにあるかを考えていませんね。

延々不快な気分を振りまくだけなので
誰からも嫌われることになります。

こういう人が起業しても失敗するので
読者の方は気をつけて下さい。

中学校

また新しい顔が増え、友人だと思っていた人を友人とは思えなくなっていきます。

部活には、父親も母親も入れと言うし、周りのほとんども入っていましたので、スポーツ系のものに参加しました。

正直かなり甘い気持ちで参加しました。
受動的な参加です。

一年の頃は、部活メンバーに申し訳ないことをしました。
サボりが多かったし、夏休みの課題を間に合わせられず、一日チームの時間を奪いました。

最初の内はチームメイトにとてつもなく嫌われていましたし、
罪悪感もありました。

少しずつ参加するのですが、運動神経が鈍いようで
参加したら参加したで文句を言われることになります。

ついでにいじめも受けました。
誰彼構わずいじめるやつがいたのですが、
自分も標的にぴったりだったようです。
『サンドバッグにしてやる』と笑われました。

中々巧妙なやつで、そいつの祖父もまた迷惑な人間だったようです。
他の被害者は、家に乗り込まれたとか。

こっちが言っても言い逃れるくせに
あっちはあれこれ理屈をこねてくる。

そういうタイプでしたので、何もできませんでした。
ただ標的になることを避けるだけでした。

3年間の内、1年の8~10月くらい。
2年の9月くらい。
3年の10月くらい。

いじめを受けましたね。
不条理だと思ってました。
(今では、不条理という言葉は不適切だと思うけど)

結局、加害者はそいつだけだったのがなんとか救いです。
いわゆる、クラス全員が自分をいじめたとかではありません。

周りは味方ではないけれども、敵でもなかった。

このいじめっ子の被害者は相当な数になります。

その時気に入らないやつを攻撃する。
そういう単純な行動だったのかもしれません。

そういえば、一人不登校にさせられていましたね。

僕も、不登校になれたら楽なのかなあ
なんて思いつつも、それはそれで恐ろしく、
学校をサボることはできませんでした。

自分が不登校にならなかったのは、
学校を休んではいけないと思っていたからです。
そうあるべきだと信じていました。

初恋もしたし、できる限り周りに溶け込みたい。
目立つことを避けました。

(まあ、結局恋は実りませんでしたが。。。)

こんな風に中学時代は散々な体験をしました。

けれども、それも含めて、
人生の王道を外れるきっかけが生まれた時期です。

生きていれば、不幸なことばかりではありません。

中学校で最大のラッキーは
メイプルストーリーを始めたです。

1年生の2月頃。
テレビで「チョコットランド」が取り上げられていました。

「心から思ってないだろ(笑)」というアナウンサーのコメントを聞きながら、
新しくなったパソコンでネトゲを始めます。
(このパソコンは、今現在も使っています。)

新しい出会いがわんさかありました。
チャットというのも本当に楽しい。

久々に、会話という楽しみを思い出しました。

「別に、一人でいい」みたいな性格だったのですが、
やっぱり楽しいですね。

シュタインズゲート(アニメ)に出てくる
シャイニングフィンガーの気持ちが凄くわかります。

マナーを知らずに迷惑をかけたものの、
総合的に楽しかった。
毎日のようにやり続けました。

「ネットって怪しいとか言うけど、
そんなことないのかも。」

これに気づきました。

それまでは
「ネットで会った男に~!」
「SNSで知り合った男女が!」的なニュースばっかり聞いていたので。

テレビは洗脳の道具と言う方がいますが、
確かにねと思います。

それで
2年の後半にメイプルをやめるのですが、
3年の後半(一年後)に復活。

今、友人だと思える人はこの後にできます。

知り合いのイラストレーターさん。
一つ上の、今は働いているトーク上手の人。
同学年のプレイヤー。
年下の話が合う人。
13歳も年上の、同じ県の人。
年上の通信制の人。
小学生プレイヤー。

本当に色々な出会いがありました。
思い出すと、楽しかっただけに泣けてきますね。。

当時も「ああ、これは最高だ」と思いました。
毎日が楽しくてしょうがない。
深夜1時まで遊ぶのはザラ。

学校では眠いけど気にしない。
一日が始めるのは夕方だ!

という風にとにかく遊びました。

今ではネトゲのおかげでタッチタイピングはできるし、
それも高校でも大学でもトップのスピードです。

タイプクイックというソフトで調べたら
10分で1400文字くらいかな?
(全力の場合)

高校では平均900くらいだったんで、早くなったのかな。

ゲームでも、役に立つじゃん。
今までの印象が色々と覆りました。

受験の前でも余裕で遊んでいたのですが、
父親がキーボードで頭を叩くし、電源を切るしで
実に邪魔でした。

授業は割とまじめに聞いていたし
学校でもまあまあ上位に入っていたし。

結局受けた3つとも全部合格したのですが。。。

こんなことがあってもパソコンやネットについての知識が増え
一時的にですが楽しい毎日でした。

でももう学校には楽しみは残っていませんでしたね。
体育で野球をやるのにも仲間はずれは普通でした。
運動神経が微妙なのと、グループに属していないのと。

家でもそうです。
父親は働いてはイラついて帰宅する上、転職を繰り返すし(これは昔から最近までずっとそうでしたが)
母親もくたくたでした。

親とも姉とも、関わりたくない感じで。
ただネトゲと、後は「とある魔術の禁書目録」を読むことが楽しみでした。

それでも中学を卒業したいとは思いませんでした。
進学したら、また今まで以上に話す相手がいなくなるから。

今ではもう少しまともに高校を選ぶべきだったと思います。
自分は家から近いという理由で、選んでしまったのですが、
全然話が合わない。。。

高校

さらに顔見知りが強化されていきます。
これはもう最大の苦痛の始まりでした。

周りとの違いがどんどん明確になるんですね。
クラスの男子も女子もグループに属するのに、
自分はほぼ一人。

目立つのが落ち着かなくて、
学校に通うことが明確なストレスになり始めました。

そしてあえて一人になってやろう!
なんてよくわからない考えになり。。

LINEアカウントを削除。作り直し。
後悔ですね。。。
まあ持っていても無駄でしたが。

たまに「リアルの人は全員ブロックしようかな」
って人がいますが、それと同じです。

どういう心理なんでしょうね。
悲劇のヒロインみたいな感じですかね。

高校1年の11月頃は
Twitterネットで知り合った人とトークすることだけが
とにかく楽しみでした。

アニメなんかについて語るLINEグループを作りまして、
いやー楽しかったな。

そうでもなかったら、あの頃は乗り越えられませんでしたね。

LINEで似た境遇の人が
大量にタイムラインを更新していました。

彼もまた寂しかったんですかね。
僕も一時期ハマったのですが、そんな気がします。

で、そのTwitterを始めたのは8月のことでした。
携帯を手にしたのが一月前。

思えば、何気ないことなんですけど
流れてきたアフィリリンクが今を作ってますね。

ScreenShot 20180315210749 - こそあどの人生24万の詐欺商材との出会いです。

(というかほぼ25万ですね…)

2014年当時はTwitterの高額塾がありまして、
その一種です。

最初にビジネスに触れた瞬間でした。

夢を見せられましたね。
ああ、このクラスメートたちに憧れられるような存在になれるのかもしれない!

優越感が欲しかったのもありました。
当時は別に夢もなくて、ただ安心なんかを目当てにしました。

母親は協力的でした。
働くのが辛いからでしょうね。

神社によく通うのですが、
辛いとそこに救いを見出したいんでしょうね。

今でも宝くじを買い続けています。

宝くじって数字で見れば確立がほぼ0なんですけどね。
人は感情で行動するとはこれですね。
やっぱ夢を見たいですしね。

まあともかく
ウキウキしながら商材を手にして、
行動を始めました。

Twitterの量産です。

これが絶望的でした。
思ったほどに面倒で、最初からサボリ気味でした。
買う前は一日30分とか言われていたので、
ギャップにやられたんですよね。。

凍結もされるし、フォロワーも伸びないし。
そもそも収益の出し方がわからない。

ASPについての説明とかもありませんでした。
まだアフィリエイトさえ知らなかったかも。

ASPなどの用語については他の記事にまとめておきますね。一旦無視して下さい。

本当に最低の販売者に出会ったのも、今となってはラッキーだった気もしますね。

Twitterアカウントを作る時に
「小説書いたらどうだろう」とか(笑)
「イラスト描いたらフォロワー増えるかな」とか

今となっては笑えますが、これがきっかけで創作活動も始めました。
(まあ8月頃から絵は描いてたけど)

そうだ。イラスト関連で思い出したことがあります。

12月7日 父親がクリスマスプレゼントを買いに行こう!
と言うので「いや買ってくれれば家にいたいんだけど……」と思いつつもでかけたことがありました。
ずっとインドア派でしたので。

僕はゲームをしていた方が遥かに楽しいし、
出かけることに興味はありませんでした。
買い物も別に好きではないし、イベントも参加するタイプではありません。

嫌々出かけた上に、後悔しました。
東京スカイツリーで父親にぶん殴られましたね。

買い物の後、スカイツリーに移動。
僕はただでさえ家にいたかったのに、帰らずツリーに入るぞと。

何十分も列に並んだ後、
でかいエレベーターでツリーの上の方に移動しました。

もう付き合うのは疲れたぞと。

向こうが昔からこれまでずっと勝手ばかりするので、
こちらも勝手をしました。

いつもいつも無理やり連れ回されるのにうんざりしていました。

下りのエスカレーターのところに椅子があったので、
そこで待機すると母親らに連絡。
イラつきながらも待っていますと

「パパがイライラしてるよ」というメッセージ。
ふざけるなと思って、無視して待っていました。

しばらくするとやってきて、近づくなりぶん殴ってくる。
かけていたメガネが床に落ちて、探すことになります。

どうも、誰かが気付いて近くの椅子に置いてくれたのですが

「ホントにメガネなんかかけてきたのかよ。あ!? じゃあなんで床に落ちてねえんだよ!」
みたいな威圧は続き。

『いや、誰か拾った可能性ぐらい思いつけよ。。。』
思いながらも口には出せないほどの剣幕でした。

その後も帰りまで散々罵倒じゃないですけど、けなされ。

帰宅してから二階のトイレ(12月のトイレは寒い)に籠もって
ノートPCで絵を描いて、風邪ひきました。

それ以降はもう出かけるのを拒否できるようになったので、
抵抗に価値を感じ始めました。

もう既に、こんな連中の言いなりで生きるのはうんざりでしたね。
教師も親も、まともさばかりを追求させる。

あのまま、言いなりに過ごしていたら
今どうなっていたんでしょうね?
何もかもチャレンジできなかった気がします。

知り合いのイラストレーターさんも
当時は高校生だったはずですが
なんと100万とか稼いでいたようで。
(今は色々大変なんですが……)

僕も何かの技術を必死に磨いて生きてくれば
彼のように稼げたのだろうか?

そんなことを思いました。
金はない。
自由もない。

夢だけを、なんとか守っていました。
そうでもしないと生きていけなかったんですよね。

この後、塾に参加させられるとかもあったし、

Twitter量産も作業は実を結ぶことなく、
240000の借金を母親にしたままになるし。

(今思うと、まず詐欺だし、やる気も足りてなかったな)

購入時は『バイトをすれば稼げるような額だから!』
と説得したのですが、バイトはせず。
無駄な時間を過ごしてしまった気がしますね。

やはりバイトはしたくなかった。

たまに、母親から5000円の小遣いはもらえたんです。
貯金に回す分を、僕にくれたのかもしれませんね。

それで、知り合いのイラストレーターさんに絵を教えてもらいました。
有意義な投資だとは思いましたが……

正直お金は足りなかった。欲しいものは買えませんし。

2年に進級して、しばらくは「ただ寂しいだけ」でした。

ScreenShot 20180508233552 2 - こそあどの人生

うーん。これは、ひどい(しかも応募期限ギリギリ……)

ラノベの新人賞に応募してみたりとか
なんか湧いてくる思想をメモったりとか。

メモが趣味になりました。
会話相手が減ってきました。

LINEのグループはみんな飽きてきて
自分もLINEを大して見なくなりました。
(現在もそんな感じ)

6月頃、陰湿な女子にサンドされるという席になり。
もう授業どころではないという。

下品なのは構わないのですが、明らかに僕のことをバカにしてるんですよね。
それを無視するために机に突っ伏すという。

授業なんて聞けません。

万引きの自慢とかしてるので警察にメールを送りましたが、
やっぱり意味はないし。

一年間ストレスは継続します。

3年で転校することになりました。

中学時代のラッキーがメイプルストーリーなら、
高校時代の最大のラッキーは、あの高校に移動したことです。

通信制と定時制の間の子みたいな学校なんですが、

通信制って聞くと
「ちょっとアレな人が通うのかなあ」って感じだったんです。

もう最高でした。
なんだこのフリーダムっていう。

大学みたいに、いつ登校して下校してって自由だし。

人がいないって、こんなに気楽なんだなあと。
話す必要がないのが、すごく快かった。

しかし父親がプロパンガス系の仕事を始めて。
足にタンク(?)落として2回も骨折しました。

3月と5月。 2回って。。。

ずっと家にいて、家に帰りたくなくなりましたね。
しかも求めてもいないのにベチャベチャの弁当を用意するし。。。

やっぱり説明してもやめないんですよね。

話にならないくせに関わってくるから、
本当に厄介で仕方ありません。

これがもし、転校していなかったら
居場所がなくなって
ストレス発散できずにどうなっていたことか。

ある時、知り合いのイラストレーターさんが
「高校卒業したら、こっち来て仕事してみない?」
って誘ってくれました。信頼は3年の付き合いで築いていました。

僕としては、当初は乗り気。その後は徐々に進学かなーという感じ。

言われずとも辞めようと思い出した時。
父親「絶対詐欺だからやめろ。行くって言うなら殴ってでも止める」

絶対詐欺?
何を以てそれを断ずることができる?

改めてこれは優れた反面教師だと思いました。

この時、思ったこと
「思考が停止した上に、新しいことを学ぶこともしていないんだな」

こういう性格だから、何をするにしても知られたら夢が終わりです。
頼るどころか、どうやって関わらないようにするか? それに頭を使う日々です。

家族って関わらずにはいられない存在なので、
できれば理解し、応援してくれる方が嬉しいんですけどねえ。

自己啓発をする気を起こさせられるかな

……。

そんな3年の後半。

キングジムのPomeraDM100というのをお年玉で買って
一年中使い倒しました。

家ではEvernote
外ではPomera。

2年時から感じていましたが、自分をメモに表現するのが楽しい。
世の中について思ったこととか書いてみたり。

メモって楽しいなって。

未来日記という作品をご存知ならわかるかな。
『無差別日記』的な日記でした。

中学生の頃やってたアニメで
「メモとかメンドイだろ」と中学時代は思ってたんです。

人は変わるなーって随分思いましたね。

大体高校時代はこんな感じでした。

後は思い出なんですけど
東京工科大学を受けたのに、ゲロって休んで落ちました。

あの頃は東京に憧れてたんですよね。
デュラララの竜ヶ峰くんみたいに。

図書館にも結構通いましたね。

通って、借りるけど、読まないっていう。。

今では楽しいのですが、当時、読書は面倒でした。
ラノベも面白いのしか読む気にならない。

(今読書できるのは、ビジネスやって向上心が出たからかな。
自分でやる気にならないと、こういうのは無理ですよね。)

通信制と定時制の間の子の学校は、
気楽で楽しかったですね。

こんなに楽な学校があるのかと。
小学校より楽だなと。

大学に関しては、まあストレスとかは大してなくなります。
より開放的になったので。

大学

ついに一人暮らしを始めました。
ずっと一人の空間が欲しかった。

とにかく家が嫌いだったので、もうあんまり帰る気もしませんね。
家に帰りたいと思うことが、本当にないんですよね。

あそこは監獄みたいなものでした。

一人暮らしが大変かと言うと、
思ったよりもそんなことないなと。

何より、トイレまでの距離が近くて楽です。

ただしネットがノロマすぎてWorld of Tanksは終了。

ScreenShot 20180430201604 - こそあどの人生

残りのダウンロード時間がえげつない。(既に2時間経過)

なん…だと…   by黒崎

さて一人でいても大して気にならない大学は、
これまでで最高の場所です。

時間割に穴があって驚いた。
小中高とぎっしり授業が詰まっていたのに。

サークルにも試しに入ってみて、
これがまた楽しい。

サークルの時だけですが、すごく笑えるんですね。
日によっては心臓止まるかと思いますよ。

先輩が天才的なコメディアンですね。

そんな大学に通いながら、
1年の5月から、とりあえずバイトするかーと探します。

でも
10件くらいまともに働けるのに出会わず

ココイチ、松屋、トライアル、トライ、快活クラブ、とんQ、コストコ、サンマルク、フライングガーデン……。

「あー、バイトって中々受かるものではないんだな」
と思いました。

が、
同じ授業で話した人は、一発で受かっとか。

なんでだろうか……。

気付いたのは
めちゃくちゃ甘かったということ。
「週2でいいよ!」 と書いてあるから、『週2』と伝えていたんですね。

とにかく働きたくないというのがにじみ出ていたんだと思います。

バイトも見つからないし、
別にやりたとも思わないし。

ネットで稼ぐ方法は、本当にないのかなーと。
もう一度藁にもすがる思いで調べたんですね。

そうして、7月の最後にビジネスのプロの方を知り、
起業してみようかな、と。

起業するのに数万円は欲しいなと思ったので、
バイトも本気になりました。

本気で受かりに行ったら、受かることが出来ました。

100万貯めれば直接指導してくれるそうで、
「すぐに成功したいから100万貯めてやるぞー!」と燃えました。

これ本気で思えたんですよ。
教えてくれた人が論理的に
証拠も事例も交えて説明してくれたのが大きかったな。

で、始めた
超ホワイトで中々高時給なバイトでしたが、
始める前にやめる時期を決めました。

それは正解で、
やっぱりストレスはそれなりにあるし、
ホワイトだとしても肉体的にも厳しい。

早朝から数時間のバイトでして、寝不足になった。
くたくたな状態で2限から大学。

色々大変でした。

同時に始めた量産アフィリで
一ヶ月頑張るけど結果は出ない。。。

しかも
「アフィリの報酬は3ヶ月後に振り込み? 今スグ金がほしいのに!」

当時はすぐに100万稼いで自由になりたかった。
あれがまだ半年とそこそこ前のことなんだなあ。

そんな時
即金らしい『せどり』してみるかと。
ネットの無料情報だけでせどりにチャレンジ。

ブックオフに出かけてみました。

お客が結構いて
「こんなところで怪しくないかなあ」と。

一日目は20分も滞在せず、諦めてしまいました。

「せどりって、こんな状況でやるの? 無理……」
人の視線がすげえ刺さるんですよ。。

特にブックオフは通路がすっきりしてるから
よく見える。

でも、諦めきれない。
また無料情報を集めて、
「こないだはここがミスってたんだな! よーし」とチャレンジ。

まあ、そうそううまくは行かず。
1冊。なんとか見つけただけでした。

「店員さんの目が気になる……」

店員さんが注意してくる店舗もあると
ネットには書いてありましたから、
堂々とやれなかったんですね。

IMG 3467 - こそあどの人生

ネットを使った仕入れが
最初のまともな仕入れでしたね。

他には、せどりしても目立ちにくい、
ドン・キホーテとか、ジェーソンとかにもでかけましたが、

本せどりの仕入れ金 一冊200円じゃないと
金が足りなくなりました。

またブックオフにでかけます。

その内
「この店舗は大丈夫なんじゃなかろうか?」と考えました。

禁止の張り紙もないし賭けてみました。
店員さん無視のカメラサーチ。

結果、特に何も言われない。

「あれ? せどりしても大丈夫じゃん」
大きな成功体験でしたね。

後はバイト代でバーコードスキャナーを買ったり、

ScreenShot 20180508212837 - こそあどの人生
調べまくっては本を仕入れてみたり。

無料の情報なので、中々役立つのが集まりませんでしたね。
変な仕入れ基準で、何冊もの赤字がありました。

当初は手数料とかも考えてなくて。。。

さらに
ヤマト便の伝票の書き方もわからないし、
集荷依頼の電話さえ緊張したり。

何よりママチャリでやっていたので、
一つの店舗から、数冊しか持って帰れないのは致命的でした。

とりあえず一連の流れを把握するのが大事だと思って、
買った本だけAmazonに納品しました。

次の日には届いたみたいで、はじめて売れる。

IMG 1935 - こそあどの人生

稼げると確信して拡大させていきました。
授業が終わって2限と昼休みが空いていれば
そこでブックオフに駆け込むという。

秋や冬なのに汗をかく(笑)

IMG 2065 - こそあどの人生

まあ2017年はまだ遊んでいたりもしたんですが。。。

徐々にゲームもやらなくなってきて。

ハロウィンもクリスマスも1年生の時間も過ぎていきました。

毎日家計簿をつけるのが楽しくて、
Amazonセラーセントラルを観察していました。

でも、先程も行った通りママチャリだったんですね。

IMG 3271 - こそあどの人生

ある程度の金額は増えていたのですが、
冷静に考えると、これじゃあんまり意味ないなと。

効率的になった時期は、
バイト代を中々上回る収入になっていましたが、
それでは大した額とも言えない。

せどりのプロが見れば、
僕の実績は超しょぼいことでしょう。
これもできずにやめる人もいるのですが。。

伸び悩んできて、全然100万には届きそうにありませんでした。
増えているんだけど、戦略を変えないとなと。

電脳仕入れ(ネットで仕入れる)のツールを買うけど
全然まともに使えるものでなく。。。

店舗仕入れはやっぱり簡単だなって感じたので

店舗の、利益率の高いせどりに変えました。
バイトもその頃辞めました。

IMG 3480 - こそあどの人生

新しいせどりは、少額を高額に変換できる感じですが、
色々と大変でした。

一ヶ月、一日3~4時間棒立ちで、
400個とか調べまくる。

最初はあんまり見つからないせどりでした。
本せどりで鍛えられた忍耐力が役に立ったなーって感じです。

でもしばらく経過すると
そこそこ稼げてきましたね。

「おっしゃ4月もやるぞー! 100万行くぞー!」と
ママチャリでさえ行けそうな気がしてきました。

そんな風に、無駄が省けて来たのですが、
ある日せどりをやめることになりました。

4月を目前に控えた時です。

『100万のコースは今は停止中』

マジかと。
金を貯める意味がなくなったな。

じゃあ今ある金で、通常コース(20万)やるかと。

こういう風にして、
ビジネスの勉強をみっちり一ヶ月し
今日がちょうど30日目かな?

現在のところ

短期的に大量の情報をインプットできたのは、
せどりをして、ネットで稼げることが確信できるからです。

ScreenShot 20180430181228 - こそあどの人生

(合計で750冊程度でしたかあ。。。スクショ時ちょうど半年と数日)

半信半疑だと、適当な勉強をしていた気がします。

これからビジネスを学ぶとしたら、
1年くらいは投資する必要があります。

やって次の日にもう稼げました、なんてのは中々ありません。
できても、続きません。

高校の頃の自分は、1年と聞くと長い気がしました。
でも、それは侮っていたからです

「数ヶ月も結果のでないお小遣い稼ぎ? 誰がやるんだよ……」

「本気で稼ぐぞ。」

ビジネスは勉強抜きでできるほど簡単ではありません。
簡単にできることほどライバルが多過ぎるからです。

一日30分! とかで紹介されている方法は、
プロがやらないようなことです。

稼ぎ続けるプロと同じことをしなければ
稼ぎ続けられません。

参考になる記事を書いていくつもりですので、
読んでみてください。

メルマガもやる予定です。

以上、こそあどの人生でした。

その他趣味などの自己紹介はこちら

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